僕の手元に残ったのは莫大な遺産だけだった。
金に興味がない僕は途方に暮れてしまった。
父親の突然死、そして後を追うように母親も病死した。
兄弟もなく親戚と疎遠だった僕は身寄りを失ってしまった。
今までの何不自由ない生活からの転落。
それに輪を掛ける機械音痴振りは、更に僕を落胆させた。
白物家電は試行錯誤を繰り返した結果、今は何とかなってる。
エアコンは温度や風量の調節が上手くいかなくて寒い思いをしたっけなぁ。
問題はデジタル式の目覚まし時計やビデオの予約録画、携帯電話、パソコンなどなど…。
特に携帯電話はみんなが持ってるから買ってもらったけど全然使えない。
友達からの電話も出る前に切れてしまうし、メールが来ているかも確認できない。
金庫の開け方はわかったから世話にはならないけど、ATMも苦手なんだよなぁ。
定期しか使わないからいいけど、バスや電車の券売機もすごく時間がかかるし。
…あ、風呂場の蛍光灯がパカパカいってるなぁ。
これじゃあ、電球や蛍光灯が切れただけで大パニックに陥ってしまうんだろうなぁ(汗)。
ある日の学校帰り、コンビニで夕食を買って家路を急ぐ途中のこと。
いつも通りがかる空き地の片隅に人影が見えたような気がした。
素通りしてしばらく歩いたが、猫にしては大きすぎるなと思い引き返した。
人影が見えたところへ近付くと、少女のすすり泣く声が聞こえて驚いた。
そこには、セーラー服姿の少女が2人、力無く地べたに座り込んで身を震わせていた。
セーラー服は泥や血で汚れ、いたるところがすり切れてボロボロになっていた。
眼鏡を掛けた背の低い方は胸に小さな熊のぬいぐるみを大事そうに抱きかかえていた。
その熊のぬいぐるみはなぜか水色の作業服を着ていて、胸元に“Maywa”という刺繍が見えた。
僕はその姿に唖然として、手の力が抜けて買い物袋がドサッと落ちた音が聞こえた。
その時何を言ったかは覚えていないが、とっさにハンカチで涙を拭ったのは覚えている。
彼女達は僕と同じ境遇にあった…ただひとつ、金がないことを除いて。
学校で嫌われ者だった彼女達は集団でいじめに遭い、家の鍵を捨てられてしまった。
数日は乞食のような生活をしていたが、周囲の冷たさにギブアップしてしまったようだ。
僕は買い物袋から弁当やスナック菓子を取り出して、彼女達に与えた。
眼鏡の少女は僕に悪意がないことを察知すると、熊のぬいぐるみを貸してくれた。
そして言った。
「私は明和電機になるのが夢なの。…だから死ねない」
…僕はこの2人を連れて帰ることにした。
それから間もなくして、僕と彼女達との関係が、ご主人様とメイドになった。
僕の家に置いてあげる代わりに、僕の面倒を見てほしいと。
幸い、彼女達は明和電機に憧れているだけあって機械が好きで、おかげで僕は機械音痴から解放された。
僕はそれだけで満足だった。
その分、メイドとしての仕事以外は彼女達の好きにやらせることにした。
お金も、そのためになら与えてもいいと思った。
彼女達がいきいきとした笑顔を見せてくれるなら、それでいいと思っている。
彼女達はトラブルを避けるため本当の名前を教えてくれなかったが、こういう間柄になって、社長、副社長と気軽に呼び合えるようになったのも嬉しい。
気が付けば本格的な会社のような組織になって、メイドさんも増えてきた。
だが、莫大な遺産とて無尽蔵ではない。僕は早く仕事に就きたかったが彼女達は反対した。
学校から帰ってくると大勢のメイドさんが僕を出迎えてくれる。
そんな夢のような生活がいつまでも続くよう、僕は今を生きている。
◆
「な…なんだってお前がそんなこと知ってんだよ!」
0点、おねしょ、スカートめくり…ガキの頃の恥ずかしい思い出を捲し立てるこの女。
「こっ、これでも知らないっていうの? 思い出せないっていうの?ええ?」
ぜぇぜぇと肩で大きく息をしながらそのメイドはつかつかと僕に歩み寄ってきた。
「そんなこと言われたって…」
僕は必死にガキの頃を思い出したが、目の前のメイドの顔は浮かんでこなかった。
メイドはしばらく僕の狼狽した顔を覗き込み、ふぅとため息をついてこう言った。
「わかったわ…じゃああの“社長”とかいう小娘より、私を傍にいさせて」
なんだって!? 本当に困ったことを言う女だなぁ。しかし、タダでは呑めない条件だ。
もしここで断ったら社長達との関係がこの女によって崩壊してしまう恐れがある。
それだけは絶対に避けなければならない。何かこちらも条件を…あ。
社長といえばここのところ事業拡大だとか言って無駄遣いが度を過ぎるきらいがある。
事業拡大とかこつけて実のところ自分の野望達成になってるんだよな。
そこがまあ彼女の本来の姿なのかもしれないけど…あれじゃあ親も苦労するよな。
差詰め自覚症状のないままお嬢様ぶりを発揮したために妬まれるようになったのだろう。
それはそうと金銭感覚のヤバイ社長の暴走を食い止めるためにこの女を利用できないか?
とっさにさっき副社長から預かった履歴書を確認した。商業高校在学中か…おおっ!
もう全商簿記1級を取ったのか!? 日商簿記にも挑戦中と書いてあるな。
ふふっ…こんな逸材見逃すわけにはいかない。
それにあくまで相手はメイド。契約を結んだ以上、ご主人様の命令は絶対だ。
コホンとひとつ咳払いをして、目の前でやきもきしている彼女に向かってこう言った。
「わかったよ。ただこちらも条件がある。メイド電機の経理をやってくれないか?」
こうして“経理のヲノさん”を加えた、3人体制のメイド電機がスタートした。
社長ではなくヲノが自分の傍にいることが多くなり、最初は違和感を感じた。
だがこいつはガキの頃の俺をよく知っている上、ずっと片想いを抱いてきたらしく、経理はもちろんのこと、どんな命令に対しても従順だ。社長に言えなかったことにも…ね。
ご褒美をくれてやると彼女も納得して、この関係を崩さんとばかりに自分を抑制する。
すぐに社長とヲノは対立した。ヲノが出納を掌握した上に三角関係になったのだ、無理もない。
だが、程なくしていがみ合う関係ではなくなった。今では社長達も気軽にヲノを呼ぶ。
彼女からのわがままな要求は決して少なくないが、これもギブアンドテイクだと思っている。
全く…大した女だ。その豹変ぶりには感嘆するよ。
危険な人間関係ではあるが、こうなってしまった以上は僕も楽しみたい。
…いや、楽しませてもらうよ。存分に、ね。