歴史

『重工戦記・蔵星』の舞台は、明治維新以降、別の歴史をたどったもうひとつの日本「ノイエ・ジパング」です。

1. ノイエ・ジパング共和国建国

1869年、戊辰戦争終結。ノイエ・ジパング共和国建国。箱館に遷都。

1868.8
榎本武揚、開陽丸を旗艦とした軍艦8隻を率いて品川湾を脱出。蝦夷地を目指す。
1868.9
仙台湾に寄港し、大鳥圭介や土方歳三ら旧幕軍の敗残兵が乗艦。
1868.10
蝦夷地内浦湾鷲の木から上陸して南下、箱館府を急襲、崩壊させる。
1868.11
五稜郭入城。英仏局外中立宣言。榎本らの団体を事実上の政権として認可。
1868.12
蝦夷政府は武士階級による選挙を実施、榎本武揚を総裁に選出。
1869.3
宮古湾海戦で蝦夷軍勝利、軍艦8隻を奪取し形勢逆転。
1869.5
箱館戦争で蝦夷軍勝利、戊辰戦争終結。
1869.6
新政府側を内包する形で蝦夷政府を改編、ノイエ・ジパング共和国建国。
首都を箱館とし、一時的に首都として機能していた東京は経済の中心地に。
選挙の結果、初代大統領には元蝦夷政府総裁の榎本武揚が就任。
1885〜
明治政府の初代内閣総理大臣、伊藤博文を二代目大統領とし、以後読み替え。
伊藤政権以降は、抑え込まれていた新政府側の主張が強くなり、政策が変化。
歴史は矯正され、日清・日露戦争が勃発、大正期を経て軍国主義時代に突入する。

2. 篷都計画

1972年、政府は苫小牧東部を首都移転先に決定し、篷都(とまと)と改称。

1971
政府は苫小牧東部大規模都市開発基本計画を策定。
これは将来的な首都移転を視野に入れ、苫小牧東部を計画都市として整備する第三セクター事業である。
1972
鉄道技術研究所でリニアモーターカーの走行実験が成功。
これを受けて苫小牧東部を首都移転先に決定し、篷都と改称。
篷都計画は本格的にスタートする。
1973
第四次中東戦争による第一次オイルショック。
篷都計画は一時中断。
1979
イラン革命による第二次オイルショック。
篷都計画は二度に渉る一時中断により完成が危ぶまれる。
1988
青函トンネル開通。
北海道新幹線は篷都〜東京間を結ぶリニア路線として実現する。
1991
バブル経済と東西冷戦体制の崩壊により篷都計画は一部見直し。
これによりANF開発予算が縮小し、篷都防衛システム"TOMATO"の完成は先送りとなる。
1998
北朝鮮のテポドン発射問題を受けてTOMATOの完成が急がれる。
また、NEVの小型化研究が本格化し、開発事業に参入する企業が増加。
これによって蔵星・鈴木・近藤・竹熊・佐倉の五大重工が頭角を現す。
2000
篷都計画の2000年問題クリア。
篷都に遷都(篷都計画完了)。
'00TOMATO(まるまるトマト)
蔵星雄貴は篷都臨空第一高校に転入。
臨空地区の道路陥没事故を機に篷都臨海第三高校の東雲葵と出会う。

3. 重工戦記・蔵星

2003
蔵星雄貴と東雲葵が結婚。
2004
蔵星雄貴と葵の間に長女レミが生まれる。
上総進、鈴木理愛も誕生。
2020
重工戦記・蔵星 第1章
共に試運転中のクラスターとダンディライオンが交戦したことをきっかけに蔵星重工と鈴木重工の対立が表面化。
蔵星重工と技術提携を結んだ近藤造船をも標的に、鈴木重工の報復攻撃が始まる…。
202X
重工戦記・蔵星 第2章
老朽化した新幹線の代替交通機関として注目されるジオプレーンが東京〜大阪間で就航し、両都市がお祭りムードの中、利用客からたびたび「窓から何か見える」という奇妙な噂話が聞かれるようになる。
その真相を探るべく、依頼を受けた進達はモーニングスターで問題のポイントに向かうのだが…?
202X
重工戦記・蔵星 第3章
成田空港が謎の戦闘機の急襲により壊滅。
MF自衛隊の警戒態勢を突破し、羽田、関空が次々と襲撃され列島に緊張が走る。
そして、横田の米軍MFトゥヴァイハンダーが交戦中との報に出撃したクラスター3の前に立ちはだかったのは、バスターに乗った槇島龍兵だった…。