第1章

1. プロローグ

― 1 ―

 遮断機が下りてから、もうどのくらい経ったろう。
 目の前を数十両のコンテナ車がゆっくりと横切っている。まるで、かたつむりの行進のようだ。
 腕時計とかたつむりとの間を視線が行ったり来たりしながら、オレはイライラしている。

「まだかぁっ!!」

 隣のサラリーマンの車のクラクションにかき消されてよく聞こえなかったが、すでにチャイムは鳴り終わったらしい。
 あーあ、こんな事は初めてだ。
 家から学校までは徒歩5分たらず。なのに、こんなかたつむりのせいでオレは遅刻だ。
 まだ、後ろに何両かあるようだ。

 かたつむりの最後、車掌車が目の前にやってきた。
 いまさら貨物列車で、しかも車掌車なんかつけて、いったい何を運んでいるんだ? などと、グチグチ言いながらも、内心、やっと学校に行けることでホッとした。

 その時、車掌車の窓際に見覚えのある女性が見えた。  誰だろう? オレは思い出そうとしたが、もう一度見直したときにはもう行ってしまっていた。

 気のせいだったのかな?

 そうして、ガチャンと遮断機が上がり、いよいよオレは学校へ向かって駆け出した。


「なんだレミ、お前も遅刻か」

 担任のイカリングがオレの隣でそう言った。
 イカリングは、レミの遅刻が最近多いからだろうか、今日は少しきつく怒っているようだ。
 でも、イカリングの間抜けな顔がいくら怒ってもちっとも怖くない。
 怖くないどころか、後ろの席の奴らはその顔をチラチラ見るたび笑いをこらえている。

「まあ、進は交通の事情だからな。後で生活指導の先生に伝えといてやろう。レミは、何かあったらしっかり連絡すること。以後気をつけろよ」

 そう言って、イカリングは教室を出ていった。
 イカリングはうちの学校でも理解のある先生で、オレもよくその人柄の良さに助けてもらっている。

「レミ、ちょっと聞いていいか?」

「えっ、なに?」

 オレは横を振り向いてレミと顔を合わせた。
 レミもタイミング良く顔を向けたので、なぜかしら目線が合ってしまった。
 ちょっと胸がドキッとした。

「あ…あのさ、朝の車掌車の女の人って、もしかしたら……?」

「ええ、私よ」

 なんだ気づいてたのか、オレはそう思った。

「いったい何を運んでたんだ?」

「知らないわ。会社の大切なものらしいけど」

「大切なもの?」

 オレはちょっと考えた。
 レミんちが大切なものというくらいだから、おそらくは軍事関係、いや、開発中のトップシークレットか。
 どうにしろ、「またパパの事だから…」と言いたげなその顔からも、そう推測できる。

「そっか、変なこと聞いて悪かった」

「ううん、いいよ気にしなくて」

 そう言ってレミは、女子の渦の中に入っていった。

― 2 ―

 部活も終わって、さぁて帰ろうと下駄箱に手をかけると、玄関前に家にもあるようなシティ・コミューターが1台、目にとまった。

 あれっ? 中にいるのはレミだ。

 しかしどうしてだろう。
 あいつはなにもやってないはず、補習かなんかあったのだろうか?

 でも、友達と待ち合わせしている様子でもないし……。
 ちょっと様子を見てみるか。

 下駄箱から外靴を取り出して、オレは何気なさそうに外に出た。

「進っ! ちょっとこっち!」

「なんだ、オレを待っていたのか」

「うん、本当は待っていたくなかったんだけど、おじいちゃんが進と一緒に来いって言うもんだから……」

「その、本当は待ちたくなかったんだけどってのがどーも気にくわねぇな」

「なによ! なんか文句あるの?!」

「いや、そう言うわけじゃなくて……。ま、とりあえず行ってみるか」

「そうね」

 そうしてオレは、見るからに1人乗りのレミのコミューターに乗り込んだ。

 オレのじいちゃんはレミと同居している……と言うと変に思われるかもしれないが、いわば一つ屋根の下で暮らしているも同然、蔵星重工の工場長だ。
 そうこうしてる間に、もう工場の正門を通りすぎてしまった。

 レミの住んでいる社宅とじいちゃんのいる工場とはそう離れていない。
 そういうわけなので、とりあえず車はレミんちの前に停めて、歩いて工場へ行くことにした。

 工場のオフィスにじいちゃんはいた。
 まだ勤務時間中ということもあって、背広を着て、机に向かっていたが、オレたちを見つけたとたん、作業の手を止めてしまった。

「突然だけどおじいちゃん、今日はなんの用なの?」

「ああ、そうじゃった。実は2人に見せたいものがあってのぅ」

「見せたいものってなんだよじいちゃん!」

「まあ、そうあせらんと、な。2人とも、こっちにおいで」

 オレとレミは、じいちゃんの手招くほうについていった。
 工場のどこを歩いているのかわからなくなるほど、階段を登ったり降りたり、重い扉を何度も開けたりして、やっとたどり着いたときには、オレもレミもへとへとだった。
 しかし、じいちゃんはなぜか元気だ。まったく、不思議でならない。

 目の前にはとてつもなく馬鹿でかいシャッターが立ちふさがっていた。

 そこには目をふさぎたくなるほど大きくアニメ調の美少女が描かれ、ふきだしに「関係者以外は、入らないでね♥」と書かれている。
 オレは一瞬で、“じいちゃんの趣味だ”とわかった。
 横を向くと、本当に目をふさいでいるレミがいた。

 シャッターはゴゴゴゴゴ…と、けたたましい音をたてながら開いた。
 すると、目の前になにか巨大なものが見えはじめた。
 子供のようなキラキラ輝いた目をしていたとは、後になってレミから聞いたオレの目の様子だが、本当にその姿にオレは感動してしまった。

 美しい脚線美に一瞬ビクッとし、豊かなボディーラインに、思わず制服のポケットから巻尺を取り出してしまうほどの罪なスタイル……といっても、誰がなんと言おうとそれは紛れもなく戦闘機である。

「いやぁ、ちょっと遅れたが、レミちゃんにバレンタインのお返しをしようと思って別の工場から取り寄せたんじゃが、どうやら進の方が気に入ってしまったようじゃのう」

「ところでおじいちゃん、これなんていう名前なの?」

「正式には、蔵星重工製試作型重戦闘機1号と言うのじゃが、クラスター1という愛称で呼ばれておる」

「じいちゃん、これ乗っていい?」

 オレは、ウキウキとしているその心をおさえきれなくて、そう尋ねた。

「ああ構わんよ。但し、くれぐれも街から出ちゃいかんからな」

「じゃ、私も乗ってくるわ」

「気をつけてな」

 オレはコックピット備え付けのヘルメットをかぶり、コンソールに向かった。
 新型のわりには講習所にあったのと変わらないな。

「レミ、しっかりつかまってろよ!」

「うん!」


 わしがちょっと目を離してる隙に、進たちは行ってしもうた。

 はたして大丈夫かのぅ。
 変なところさわらんといいが…、なんせ軍事用じゃからのう……。

2. 勃発

― 1 ―

「進ぅっ! そろそろ帰ろう! もう夕方だよっ!」

「まだまだ大丈夫だって。それに、こんなに乗り心地のいいモノ、誰がすぐに手放すものか。それっ、もっといくぞ!」

「もう、私知らないから」

 すでに陽は西に沈みかけている。
 工場を飛び立ってからもう随分経つ。

 進は確かに、高校生でありながら戦闘機の搭乗資格を有してはいるが、夜のフライトの経験はほとんどない。
 彼にとって夜のフライトがいかに危険なものであるか、進はまだ気付いていない。

 クラスター1は、現在、進たちの住む街・蔵星市を少し離れ、隣町との境にある林の上空を飛行中である。

「進、進っ!」

「なんだよ、聞こえてるよっ」

「ちょっと来すぎたんじゃないの? ここもう蔵星市じゃないよ」

「えっ、ホント? ―でもちょっと来すぎただけだろ?」

「ええ」

「それなら大丈夫だよ」

「でも、ほら、もうこんなに暗くなっちゃったし、ちっとも大丈夫じゃないよ。ねっ、早く帰ろうっ!」

 オレはその言葉に、レミが随分不安になっていることを感じた。
 そういえば確かにもう夜、これ以上のフライトは危険かもしれない。
 それに、早く帰らないと母ちゃんに怒られる。宿題もたくさん残っている。

 クラスター1は進路を変え、まるで逃げ帰るかのように、蔵星市へ向かって飛び始めた。

「進っ!」

「レミ、今度はなんだよ」

 オレは、なんともなくそう答えたが、レミの表情はなんだか強張っている。

「下から…下から何かが追って来るよっ!」

「何か…って―ええっ!」

 オレはレーダーを確認した。
 何度も何度も確認したが、反応していてたのは、茂みに隠れていた数機の戦車の姿だった。

「せっ、戦車?!」

「形式は鈴木重工製ダンディライオン重戦車だと思うわ」

「ダンディライオン? …それってまだ陸上自衛隊に配備されてないタイプだよな」

「そうね…、ダンディライオンは発表されてから間もないものね。それに、あんな物騒で高価なものを買えるほど、ノイエ・ジパング政府は金持ちじゃないもの」

 レミは、ずいぶんのんきにオレに説明してくれた。
 レミが自分の知識をひけらかすときは、いつもこんな感じだ。

「そんなことより、レミ、ダンディライオンがオレたちを追ってるってことは、どういうことなんだ?!」

「陸上自衛隊じゃないってことは、私達、ライバル会社に狙われてるってことなのかなぁ?」

「かなぁ? って、おいっ! はっきりしろよ! とにかく逃げるぞっ!!」

 出力最大、とにかく全速力で戦車から回避することにした。


 一方、蔵星社製の謎の新型戦闘機が私有地に迷い込んだという情報をもとに、クラスター1を追跡しているダンディライオン戦車部隊は、クラスター1が全速力で回避したのを確認し、追撃を加える方向に出た。

 ダンディライオンの最大の特徴である、短距離地対空誘導弾をいっせいにぶっぱなしたのである。

「進っ、またレーダー反応がっ!」

「今度はなんだよ!」

「ミッ、ミサイルが3…」

「ミサイルが3発?!」

「いいえ、6…12、まだまだ増えてるわ」

「なんで戦車がそんなもん撃つんだよぉ〜」

「未確認データだわ。これは大発見かも」

「んなのんきなこといってる場合かよっ!」

 ─確かにそうである。冗談を言っている場合ではない。
 食らえば即刻空中爆発、でなくても墜落して爆発炎上。
 進むもレミも助かる見込みは全くない。

「進っ、なんか武器はないの?」

「武器があるなんて、じいちゃんから聞いてないぜ」

「でも、目の前にそれっぽいボタンがたくさんあるじゃない」

 オレは、言われてみて気がついた。
 目の前に使途不明の、なんとなく武器をコントロールするものらしいボタンが配列されていることに。

「とにかく、なんでもいいからこの際押してみよう!」

 ポチッ…その瞬間、機体の周りで大爆発が連発して起こった。

「なっ、なんだぁっ!?」

「やっぱり武器のボタンじゃなかったのかなぁ」

「しょうがねぇ、死ぬ前にもう一つ押してやらぁ!」

 進は、目の前にあった別のスイッチをおもいっきり押した。
 そして、次の瞬間、レミの悲鳴が狭いコックピットに響き渡った。

「キャアアアァァァァァァ!!!!!」

「ど、どうしたレミっ!!」

「れ…レーダー反応が……」

 オレはレーダーを覗き込んだ。
 あまりの状況にオレは息をのんだ。

 ダンディライオンが放ったミサイルは、すべてクラスター1の周辺で破壊されて、レーダー上にはすでになく、かわりに、ダンディライオン部隊が壊滅した様子が、点滅していた。

 オレは何がどうなったのかがよくわからなかった。
 ただわかったことは、最初に押したボタンが対ミサイル用の兵器のボタンで、次に押してしまったのが、対戦車用の兵器のボタンだったということである。

 オレは恐怖のあまり、自分のしていることがわからなくなってしまった。
 レミが泣いていることだけが、妙にしっかりとわかっていた……。

― 2 ―

 クラスター1は、奇跡的に蔵星重工・工場敷地内に着陸した。
 着陸と同時に、工場の関係者が数名、クラスター1に駆け寄ってきた。
 その中には進のじいちゃんもいる。

「いったい、どうなっているんだこの機体は?」

「なんでも、新規格の戦闘機らしいぜ」

「でもなんで、社長令嬢と工場長のお孫さんが乗っているんだい」

「なんでも、工場長が社長令嬢にこれを寄贈したとかで…」

「ウォッホン!」

「‥‥‥‥」

 外の工場関係者の話し声に、どうやら、進とレミは目を覚ましたらしい。

「レミ! 起きろ! 着いたぞ!」

「う…ううん、あ、進」

「進、じゃねぇよ」

「あ…あの、ミサイルは?」

「ミサイルも戦車もぶっ壊しちまっただろうが。─覚えてないのか?」

「そ…そうよ!」

 そうレミの口から出ると、レミはまた泣き出した。
 レミの脳裏には、あの光景が思い出されたらしい。

 コックピットのハッチが、強制的に開けられた。
 じいちゃんの顔が、進の真横に突き出してきた。

「うわぁっ! じ、じいちゃん!!」

「進!! よくも約束を破ったなぁっ!」

「ご…ごめ、ごめんなさいっ!」

「ばかもん! ごめんで済むなら何もこんなに怒らんわいっ!!」

「本当にごめんなさい!」

「あれほど市内から出るなと言ったのに、範囲外の空域をフライトしおって。…まあ、進の性格なら、やりかねんとは思っておったがな」

「‥‥‥‥」

「じゃがな、敵に遭遇したからといってむやみやたらに必要以外のところを触ったことは許せんぞ。わしは飛ぶことだけを許可したのじゃからな!」

「じいちゃん…、なんでそのことまで?」

「クラスター1のフライトデータはすべて工場に転送されておるのじゃ。すべてお見通しじゃよ」

 ガーン! と進は思った。

「おじいちゃん、まさかあれは企業秘密だったの?」

「そのことについては、レミちゃんのお父さんから口止めされてはいるが、この際話してしまおう」

「お父さんから?」

「そうじゃ。先月、ノイエ・ジパング政府から重工業界に重大な発表があった。それは、支援戦闘機FSXの老朽化にともない、すべての戦況に対応できる新型の戦闘機の規格、マルチファイターに準拠する戦闘機の開発を重工5大企業に任命したのじゃ」

 重工5大企業とは、レミの父の会社“蔵星重工”、ダンディライオン戦車の“鈴木重工”、建設機械の“竹熊製作所”、海上自衛隊配備の戦艦を造る“近藤造船”、旅客機などの航空関連に長ける“佐倉エアロ社”の5社を指す。

「そのマルチファイターの開発は、各社極秘に行うように厳重な管理体制を敷いているが、なにゆえ軍事用なので実践データが不可欠でな、今回、こうしてレミちゃんのお父さんに頼まれて、君達に試乗してもらったのだよ」

「試乗?!」

「ということは、おじいちゃん? 私と進は実験台だったっていうわけ?!」

「…そう、言わざるを得ないな……」

 レミの顔は、進のじいちゃんに対する憎しみの心で、それはもう恐ろしい顔つきになっていた。

「それじゃあ、私にプレゼントっていうのも、あの時の笑顔も、全部作り物の嘘だったっていうわけ?」

「……すまぬ、わしだってやりたくなかったんじゃ。何も知らない子供を戦場に出すなどということは、わしらの代だけで終わりにしようとしていたのに……」

「レミ、そんなにじいちゃんを責めるなよ。何もじいちゃん一人が悪いってわけじゃないんだ」

「進…?」

 進はレミの肩に手をのせてそう言った。レミには、進が前よりひとまわり大きくなったように見えた。

「じいちゃん、一つだけ答えてくれ」

「なんじゃ、言ってみろ」

「オレ達が戦車部隊を破壊しちまったことで、戦争には…ならねぇよな」

 進がいつになく真剣な顔つきで問う。

「……わからん。すでに、企業間の裏での開発戦争は始まっている。もし、もし仮に、お前たちが破壊した戦車がマルチファイターだったとしたら、戦争にならない保証はない」

「企業間戦争が、そのまま、大戦争に発展するってこと?ねぇそうなの?」

「ああ、そうじゃ」

 オレとレミ、そしてじいちゃんや周りの工場の人も、一瞬闇が訪れたような気配がした。

 重工戦記が、今ここに、始まったのである。

3. マルチファイターの行方

― 1 ―

「お久し振りですな、重禄斎さん」

「そうですな、天潮騒さん」

 ここは、近藤造船の会長、近藤天潮騒宅。
 縁側に2人の老人が腰を下ろし、茶をすすりながら話しを交わしている。
 重禄斎とは、進のじいちゃんのことである。

「天潮騒さん、今日はひとつお尋ねしてたいことがあるんじゃが…」

「なんですな、重禄斎さん」

「先日話のあった、“マルチファイター”の件についてなんじゃがな」

 そう言うと、天潮騒は木の枝にとまっているスズメの2、3羽を見てこう言った。

「ウチでは作りませんよ」と。

「はあ…やはりそうですか」

 重禄斎は、やや予想通りというため息をついた。

「ウチは創業以来、船以外には手を出したことがないんですよ。─時代は流れ、船もどんどん変わっていったが、私の心は変わりませんよ。いくら、お国の命令とはいっても、船以外には…」

 池の鯉がポシャンと跳ねた。
 枝のスズメはもうどこかへ行ってしまって、重禄斎はそんな光景に、ただ黙っているしかなかった。

「しかしですな、社長が変わるとモノも変わるもんですな」

「…と言いますと?」

「今の若社長は、専門の開発部門を設けて、“マルチファイター”の開発に着手したんですよ。最大手として時代の先端に立つのは、いくら造船業といえども当たり前だとか言ってな…」

 天潮騒は、残った茶をぐいっと飲み干し、庭に出てこう言った。

「私の心など、わかる人はもういないのですかねぇ」

「その気持ち、わしにもわかるよ、天潮騒さん」

 見上げると、そこには一筋の飛行機雲があった。
 その筋を追いかけるかのように、スズメが1、2羽飛んでいった。
 高層ビルの立ち並ぶ、都会の庭園の上を……。

― 2 ―

 病院の長い廊下を、1人の少女が駆け抜けていった。

 彼女の名は鈴木理愛。
 兄、柴人の容態が急変した事を聞き、学校からここまで走ってきたのだ。

 彼女の息はすでに荒く、時折むせ返す場面もあったが、どうやら、無事、兄のいる病室へたどり着いたようだ。
 しかし、ドアには“面会謝絶”の札がかかっており、中に入ることは出来ない。

 その時、病室のドアが開き、中から担当医が出てきた。

「妹さんですね」

「はい、あの…」

「柴人さんの容体は、今は落ち着いています。ですが、当分の間は十分な安静が必要です」

「あっ、あの…」

「また、何かありましたらご連絡いたします。では…」

 そう言って、担当医は戻って行った。

 理愛はあの日以来、兄に会っていない。
 それゆえに、兄に何かあったと聞けば授業をほっぽり出してでも病院へ駆けつけるのであった。

 『お兄さんが危篤だって!』などという、他の生徒の悪い嫌がらせのせいで、何度も無駄に病院に駆けつけたこともあり、授業にも満足に手がつかない状態の彼女の心は、もうボロボロであった。

 それを知ってか、担当医は必要な事柄だけをしっかりと彼女に伝えるよう努めているようだが、それを毎回毎回くり返し聞いている彼女にとっては、まるで嘘のようにしか聞こえないのだ。
 だから、担当医が病室を離れた後も、十数分の間、ドアの側に立って、兄が出てくるのを待っているのだ。

 ─そう、理愛はそもそもこんな女の子ではなかった。
 スポーツが得意な、元気ではつらつとした明るい女の子であったのだ。

 だが、ある出来事が彼女を変えてしまった。
 あの夜、未確認の戦闘機が、ダンディライオン部隊を壊滅させてさえいなければ……。

― 3 ―

 理愛の兄、鈴木柴人は、学生でありながら腕利きのガンナーで、その実力は自衛隊からもお声がかかる程である。
 父の会社、鈴木重工内部でも、ガンナーといえば彼の名が挙がるほど注目を集めている。

 鈴木重工は、“ベルウッド”いうブランド名で、自動車が有名であるが、陸上自衛隊に配備されている関係で、軍事兵器でもまた有名である。

 現在、陸上自衛隊の主力戦車は鈴木重工製90式戦車であるが、先日のマルチファイターに関する政府の発表を受けて、急遽これを改良したダンディライオン重戦車の生産を開始することを発表した。
 ダンディライオンは、いわば半マルチファイターともいうべき存在で、例えば、水上浮航用装置を取りつけることで行動範囲を広げたり、短距離地対空誘導弾を装備することで、対空兵器増強を計っている。

 第1期生産分の車両が揃ったので、試乗テストを行うことになり、軍事関係の各方面から、人が集まってきた。
 場所は、蔵星市にほど近い鈴木重工の私有林。
 当然、試乗メンバーの中には、鈴木柴人も含まれている。

 マスコミ関係者が押しかける中、試乗テストは日中に行われた。
 さまざまな条件での走破能力を見せつけ、強化された火器のすごさをマスコミ関係者に見せつけた。

 その夜、宿舎に集まっていた試乗メンバーに緊急出動の命令が下った。
 私有林に未確認の戦闘機が迷い込んだということである。
 最初メンバーの1人は、なにかのイベントだと思ったが、実際に標的があることに驚いたという。

 ダンディライオン戦車部隊がその戦闘機を発見したときには、すでに戦闘機は進路を反対方向に変えていた。  “逃げた”と思い込んだ戦車部隊は短距離地対空誘導弾を次々と起動させた。

 そして、標的の周辺で無数の爆発が起こった。
 目標を破壊したと思い、退避行動をとったその時である。
 標的の戦闘機からおびただしい数の光線が飛び出し、戦車部隊へ飛来した。
 光線は次々に戦車の装甲をぶち抜き、瞬きする間に全車両を壊滅させてしまったのである。

 運よく、軽傷で命が助かったメンバーの話では、なにがなんだかよくわからないうちに辺りが火の海になっていたという。  どれほど恐ろしい状況だったのかは、想像もつかない。

 死者・負傷者の数は鈴木重工から発表されていないため不明である。
 しかし、現在のところわかっている事は、その中に理愛の兄、柴人が含まれていることである。
 彼も、運よく命が助かった一人であるが、病院に収容される時間が少しでも遅かったら、助からなかったという。

 鈴木重工は、この事件を機にさらにダンディライオンを改良することであろう。
 なぜなら、これほどまでに良好の実戦データが得られたのだから。

 しかし、この改良が終了するまでに、一体いくらの人が犠牲になるかは、誰も予測できないのである。

4. 近藤造船へ

― 1 ―

「進は、今日まっすぐ帰るの?」

「ああ、そうだけど。どうかしたのか?」

「うん、おじいちゃんが工場に寄っていけって」

「またか? …ま、じいちゃんがそう言ってきたんだからしょうがねぇよな」

「じゃあ、放課後、玄関前で待ってるね」

「おう!」

 そして、あっという間に授業は終わり、もう放課後である。

「おっせえなー、なにやってんだ? まったく…」

 進はぶつくさ言いながら、玄関前でレミが来るのを待っている。
 進は、徒歩通学なので、すぐに玄関前まで来てしまうのであるが、大半の生徒が通学用のシティ・コミューターのある駐車場まで行くため、少々時間がかかってしまうのだ。

 進は別に通学用の自動車免許が取れない訳でも、家が貧乏でシティ・コミューターが買えない訳でもないが、この学校でも珍しく徒歩通学をしている。
 確かに、家が学校から程近い場所にあるからというのも理由にあるようなのだが、どうやら、ぶつくさ言っているわりには、レミの車に乗せてもらうことを楽しみにしているらしい。
 しっかし、女の子の車にズカズカ上がり込むのが好きな進という奴はいったい……。

「ごめーん、待った?」

「いや、別にたいしたことないよ」

「じゃ、行こう!」

 そうして、進はことごとくレミのシティ・コミューターに乗り込むのであった。

「ねぇ進、」

「ん?」

「昨日おじいちゃん、工場にいなかったみたいだけど、どこ行ってたか知らない?」

「ああ、確か近藤天潮騒っていうじーさんの家に行ったらしいな。父ちゃんがそう言ってた」

「近藤天潮騒か…。聞いたことある名前ねぇ」

「なんでも、じいちゃんの幼なじみだとか言ってたな」

「幼なじみねぇ…あっ、思い出した!じいちゃんのテケテケ仲間よ、その近藤って」

「……テケテケ??」

「ほら、エレキギター持ってやるやつ!」

「レミ…それってベン○ャーズ?」

「そう、テンテンテテンテンテケテケテンって曲に入ってるやつよ!」

「レミぃ、古すぎるよ」

「あ、やっぱり」

 余談であるが、ベ○チャーズが結成されたのは1958年、今から60年ほど昔の事である。

 そうこうしているうちに、レミのシティ・コミューターは、蔵星重工の敷地に入って行った。

― 2 ―

 レミと進の乗るシティ・コミューターは、レミの家の前で停まった。

「進、ちょっと着替えてくるから、先に工場に行ってて」

「えーっ?」

「なによ、その“えーっ?”てのは?」

「いやぁ、なんか暑くてのど乾いちゃってさぁ。なんか飲ましてくれない?」

「自分で何か買って飲めばいいでしょ?」

 レミは、進の態度に少々ムスッとしている。

「何か買ってったって、こんなに広い工場じゃ、どこに自販あるかわかったもんじゃないよ」

 進は、一応どこに自動販売機があるかは知っていた。
 しかし、そこまでは歩いて片道3kmはあるだろうから、あえてわからないと言ったのである。
 レミも当然、その自動販売機の事は知っている。

「わかったわ、じゃちょっとあがってって」

「わりぃなー」

 そう言って、進はレミの家に入って行った。

 進は、レミとは幼なじみでありながら、レミの家には今まで入ったことがなかった。
 この広大な工場敷地が全部レミの家のようなものだったから、わざわざレミの住む家まで行く必要がなかったのだ。

 進は、初めて、しかも女の子の家に入るということで、かなりドキドキしている。
 レミの家は、女の子一人のための家とは到底思えないほどの立派な建物である。
 さすが、蔵星重工の社長令嬢というだけのことはある。

「進っ、ちょっと着替えてくるから、食堂でなんか飲んでて!」

「おう!!」

 …と、軽く答えたまでは良かったものの、いったい、どこに食堂があるのだろう。
 進は、入り組んだ廊下と階段の連続に、すっかり迷子になってしまった。
 そうして、そのうち何か飲むために食堂を探すことよりも、とりあえずスッキリするためにトイレを探すようになったのは言うまでもない。

 そうして、行き当たりばったりで階段を上り下りしていると、ドアに“着替え中”という札が掛かっている部屋を進は見つけてしまった。
 そう、紛れもなくレミが着替えをしている部屋である。

 進は、この事態にどう対処していいのか少々戸惑っている。
 いくら幼なじみとはいえ、レミの家に入ったのも初めて、しかも、こんなオイシイチャンスも初めてとくれば、これはもうガチャリとドアを開け…、といきたいところだが、幼なじみゆえ、ここで下手に手を出したら、後々ヤバイことになるかもしれない、そうなったらレミが怖いのだ。
 そんなことをした自分を恨むことにもなりかねないのだ。

 しかし、ここで後退する訳にはいかない。
 ここまで来たのだから、一か八かでやってみるしかない。
 ドアノブに手を掛けた進の胸の高まりは、今や頂点に達した。

 すると、反対側からドアノブが回り、ドアが開いた。

「……進?」

「はっ、はいっ!!」

「……なんでここにいるの??」

「いっ…いえそのっ、あの、あっ…しょく…食堂を探してたら、道に迷っちゃって、その…」

「……その???」

「こういうばやいは住んでる人に聞いたほうがすぐにわかるかなぁ〜って思っちゃったりなんちゃったりして」

「ふ〜ん、で、ついにここまで来ちゃったってワケ」

「はっ、はいっ!」

 進は、いつレミがキレるかが怖くて、ただただ脅えて返事をくり返すだけである。

「まあ、しかたないわよねー、私もときどき迷うもん」

「へっ?」

「ちょっと広すぎて困ってるのよ。何のためにあるのかわからない剣道場とかあるし」

「けっ、剣道場??」

「そうよ、あとはにスポーツジムにマッサージ室、吊り天井なんかもあるわ。パパったら、何かあったら困るとか言って、核シェルターや中2階なんかも増設したのよ」

「まるで、忍者屋敷だな」

「そうね。でも、この家にはたくさんの思い出があるから、嫌になったことはないの」

「ふ〜ん。じゃあ、一度オレの部屋と交換してみっか!」

「お断わり」

「なんでだよ?!」

「どうせ、下着目当てに私の部屋をあさるつもりでしょう?」

「んなことしねぇーよ!!」

「あ、そうだ、食堂なら玄関のとなりのとなりにあるわ。行きましょう!」

「あっああ。でも、その前にトイレ……」

「……・・」

― 3 ―

「すいません、あの…おじいちゃんは、今どこにいるかわかりますか?」

『工場長は、ただ今、大工場のオフィスで勤務中です。それ以外の情報につきましてはアップロードされていませんので、係員にお尋ね下さい』

 蔵星重工では、工場敷地内のどこにいても、簡単に社内情報を検索・引き出すことが出来る。
 今の世の中では、たいして珍しいことではないのだが、このように話し言葉で質問しても適切に応答してくれるのはノイエ・ジパング国内でもここぐらいであろう。

「大工場のオフィスにおじいちゃんがいるらしいって」

「じゃあ、早いとこ行こうぜ!」

 蔵星重工の工場は国内に数ヵ所あるが、その中でもとりわけ大きいのが、レミの家のすぐ近くにある大工場である。
 大工場では、主に現在主力製品のシティ・コミューターの生産が推められているほか、内部の開発室では、マルチファイターの開発が推められている。
 当然、この工場がクラスター1を管理しているわけだが、マルチファイターの情報は社内情報として引き出せないほど厳重に管理されており、実のところはっきりとしたことはわかっていない。

 進とレミは、大工場のオフィスに来た。
 しかし、辺りを見回しても上総重禄斎の姿はない。
 数名の社員が仕事をし、オートメーション化されたオフィス・システムが音を立てて稼働しているだけである。

「林田さん、お仕事中失礼します」

「はぁ、何でしょう?」

「おじいちゃんがどこにいるかわからないんですけど」

「工場長ですか…、ちょっと待って下さい」

『工場長は、ただ今、大工場のオフィスで勤務中です。それ以外の情報につきまして…』

「あれ、入ってないや。…ごめんなさい、私にはどうにもわかりません。他をあたって下さい。本当にすいません」

「いいの、別に謝らなくて。でも、自分でもしっかり調べておいてね」

「はい、以後気をつけます」

「…おっおい、レミっ、いいのか? 林田さんに注意なんかしちゃって」

「これでも会社の一員よ。互いに悪いところ直し合っていって当然でしょ」

「そりゃまぁ、そうだけどさ、なんかこう先輩を叱ってるようで、どうも…」

「私も時々そう思うけど、仕事なんて実力だもの、年とか身分とか関係ないと思うわ。そうでしょ?」

「まあ、そう言われてみりゃそうかもな…」

 そうして、レミは別の社員の人に同じ質問をしてみた。
 が、返ってきた答えは林田さんの答えと何ら変わりはなかった。
 仕方がないので、一度オフィスを出て、他の部署に聞いてみる事にした。

「あっ、藤村先輩!」

「おう、上総。どうしたんだ、こんなところに来て」

「先輩こそどうしたんですか、こんなところにいて」

「ムカッ! こんなところとは何よっ!」

「まあまあ、落ち着いて」

「こちらのお嬢様は、もしや上総、お前…」

「ええ、幼なじみの…」

「蔵星レミです」

「えっ、まさか社長の?」

「娘です」

「ひいっ! とんだご無礼を…、あっ、いや、何と申して良いのやら。えー、私マルチファイター開発部の藤村と申します」

「いいのよ、堅苦しくしなくっても」

「それより先輩、マルチファイター開発部って本当っスか?」

「ま…まあね、まだ下っぱだけどさ」

「以後、これからもよろしくお願いします先輩っ!」

「???」

「あっ、気にすることないのよ。進、あれでもクラスター1のパイロットだから」

「げっ、こいつがクラスター1に乗ってるのか?」

「げっ、とはなんですかっ! 別にいいじゃありませんか」

「まあまあ…ところで藤村さん、おじいちゃん知りません?」

「おじいちゃん…ですか?」

「いやだなぁ先輩、じいちゃんってのは工場長のことですよ」

「こっ、工場長?! 君達、いくらなんでも“じいちゃん”と呼ぶのはいけないだろう」

「あら、ご存じないですか? 進は…」

「工場長・上総重禄斎の孫です」

「くあぁー、こりゃまいったな。オレの後輩が工場長の孫で、その幼なじみが社長の娘さんってか。いやぁ、お見それいたしましたっ。工場長なら、クラスター1のメンテナンスのため、格納庫へ向かいましたよ」

「ありがとう、助かったわ」

「先輩、頑張って下さい、応援してますよ」

「お前こそ、いい気になるなよっ!」

 そうして、藤村は去っていった。
 進とレミは、藤村のいうとおりに、クラスター1の格納庫に向かった。

― 4 ―

 格納庫はクラスター1用の第1格納庫のほか、全部で5ヵ所用意されている。
 そのうち、第1格納庫の管理は上総重禄斎の元で行われ、その他については以後検討される予定。

 第1格納庫のシャッターには、ことごとくアニメ調の美少女が描かれているが、この前来たときとは女の子が違うようである。  今日は、とりわけ胸元の露出が激しいように思われるのだが…。

『ただ今、工場長は格納庫内で作業中です。入室には、工場長の許可か、暗証番号が必要です。許可の提示、または暗証番号の入力を行って下さい』

「工場長の許可?」

「暗証番号だってぇ?そんなもの知ってるわけないでしょ。なあ、レミ」

「ええ、私もわからないわ」

「う〜む」

 2人は、生徒手帳や免許証を提示したり、でたらめに数字を入力してみたりした。
 が、一行にシャッターは開こうとしない。そうしているまに、数分が経過した。

「もうダメね、おじいちゃんが出てくるまで待ちましょう」

「ああ、そうだな。…ん? このキーボード、かな入力もできるのか。でもなぁ、何も入力するもんなんて…」

「ないわね。“降参です”とでも入力してみたら、案外開くかも」

「んなわけねぇだろ、まぁ、とりあえず入力してみるか」

 進は、“降参です”と入力した。
 しかし、やはり何も起こらなかった。
 だが、かわりに違う言葉かモニターに映し出された。

“人間如何なるときでも諦めが肝心、入室を許可する”

「は?」

 すると、ウソのようにシャッターが開くではないかっ!!

「なんじゃ、進、来ておったのか」

「なんだじゃねぇよじいちゃん、もうちょっと簡単に開くシャッターにしてくれよ」

「悪かったな。今日は重要な話があってな。それで突然呼んだんじゃ」

「で、おじいちゃん、その重要な話って?」

「ああ、昨日、近藤造船の会長の家へ行ってな、近藤造船の動きを聞いてきたんじゃ」

「動きって、まさかマルチファイターの?」

「ああ。近藤造船では、マルチファイターの開発は行わない方針だったんじゃが、若社長率いる開発陣がマルチファイターの開発に着手したらしいんじゃ」

「てことは、オレたちの敵が増えるって事か?」

「そうかも知れんし、仲間になるかも知れん。なるべくなら、後者を願いたいがな」

「ねえ、おじいちゃん?」

「なんじゃ?」

「その、近藤造船のマルチファイターって、いったいどんなモノなの?」

「さあ、そこまでははっきりと聞いてこなかったが、どうやら船型ではないらしいな」

「なあじいちゃん、今度近藤造船に行こうぜ! そしてさ、マルチファイターを見せてもらおうよ!」

「あっ、それいいわね。そうしようよおじいちゃん!」

「そうじゃな。ワシも、気になってしょうがなかったんじゃ。じゃあ、後で交渉しておくよ」

「じゃあ、お願いするね」

 こうして、進とレミとじいちゃんこと重禄斎は、マルチファイター見たさに、近藤造船へ行くこととなったのである。

5. 急速発進

― 1 ―

 ここは、鈴木重工本社の大会議室。

 社長・鈴木前衛と、各部署の重役達が、先日の私有林敷地内で起こったダンディライオン重戦車部隊壊滅事件について、何やら報告会を開いているようである。

「事故現場から、ダンディライオン以外の金属片が採取されましたので、これについての報告を致します。乗組員生存者の話に、発射したミサイル群が一瞬にしてかき消されたとありますが、この金属片は、おそらくその時に使われた対ミサイル兵器のものだと思われます。断定は出来ませんが、同種の材質で過去に蔵星重工から発表された対空兵器がありますので、恐らく敵機は蔵星重工のものではないかと思われます」

「ダンディライオン部隊を壊滅させたのは、大量の光線であるとの証言があります。これは、現在、当マルチファイター開発部が研究している“NEV”と同種のものを利用した、対地上攻撃ではないかと思われます。ですが、あれほどまでに正確にダンディライオンの位置を捉え、屈折して発射する光線は、当開発部でさえいまだ未完成の状態、仮に敵機が蔵星重工のものだとしたら、社長!」

「マルチファイター開発の上で、最大のライバルになりかねんという訳だな」

 ─だいたい、このような内容の報告がなされたようである。
 この後も、報告会はつづく…。


 理愛は、大会議室のドアに耳をつけて、息を殺していた。
 父、鈴木前衛が各部署の重役を集めて開いた報告会を、こっそり聞くためである。
 まさに“壁に耳あり障子に目あり”といった具合で。

 あの日以来、悪い嫌がらせを受けることもあまりなく、兄の容体も悪くなっていなかったので、割と落ち着いた生活を送っていた理愛である。
 ただ、以前のような活発な明るい生活ではないが…。

 そんな理愛が、なぜまたこんなに真剣に報告会を聞いているのかというと、それは父、前衛が、柴人の病室で秘書と会話中に「あの戦闘機は蔵星のものではないのか?」と言ったからである。
 もちろん、これもこっそり聞いていたことなのだが、その言葉を聞いてからというもの、理愛の心には異常なまでの蔵星重工に対する復讐心が芽生えてしまった。
 そして、そのことが果たして本当かどうかを確かめようとする気持ちが、彼女をこんなに真剣にさせているのである。

 そして、理愛はこの報告会を聞き終わったとき一大決心をした。
 その一大決心を実現させるために、理愛は突然、走り出した。

― 2 ―

 理愛が向かったのは、鈴木重工本社から程近い、鈴木重工の営業所である。
 この営業所には、理愛が事前に頼んでおいた一人の男が理愛の到着を待っていた。

 営業所内に入ると、男は理愛に一枚のメモを渡した。
 理愛はそのメモに目を通すと、男に指図をして、営業所のシティ・コミューターで次の目的地へ行ってしまった。
 男は、すぐに電話で誰かに連絡をして、その後はどこに行ったかわからなくなってしまった。
 なにしろ、この間の出来事はほとんど人目につかないように執り行われ、物音もほとんど聞こえなかったので、詳しいことまでよくわからないのである。

 理愛の乗るコミューターは、鈴木重工の旧大工場に到着した。
 旧大工場とは、2〜3年前まで活動していた、鈴木重工の拠点である。
 現在は、土地所有権以外は他の業者に管理が委託されているが、管理業者は鈴木グループの関連企業であるため、実際は鈴木重工が管理しているような状態にある。

 理愛はコミューターから降りると、さっそうと中へ入っていった。
 工場の中には、大型輸送機が1機、発進準備の段階にあった。
 また、工場敷地内には、シンクタンクと呼ばれる、無人の空挺戦車が無数に配備されていた。
 そして、そのすべてに人工知能が搭載され、スタンバイされているのである。

 そこで理愛は、輸送機に乗り込むために戦闘服に着替え、シンクタンクに指図をし始めた。
 さらに理愛は、工場内にいた、さっきとは別の男と話をし、こんな会話を交わした。

「蔵星重工の様子はどう?」

「はい。今朝、工場長とそのお孫さんが、近藤造船へ向かったとのことです」

「移動には?」

「鉄道の、しかも鈍行を利用した模様です」

「どうしてか、わかる?」

「いいえ、なぜ時代遅れの鉄道を使っているのかは不明です」

「そう…。じゃあ、例の作戦の準備に入るわ」

「はい、了解致しました」

 例の作戦とは、理愛の一大決心のことであり、蔵星重工への復讐のことである。
 どうやら、近藤造船へ向かった蔵星重工に、この輸送機とシンクタンクを使って打撃を与えようといった具合らしい。

 理愛は、さっきの男とともに輸送機に乗り込んだ。
 そして、シンクタンクも輸送機に積み込まれた。作戦の準備が完了した。

 輸送機は、シンクタンクのいなくなった敷地を滑走して空へ舞い上がり、轟音を鳴り響かせて近藤造船へ向かっていった。

 その輸送機を見て、鈴木重工本社が、社長、鈴木前衛が驚いたのは言うまでもない。
 そして、そのあと社内が大パニックになったことも…。

― 3 ―

「お待たせしておりました。社長がお待ちでございます。ただ今係員がまいりますので、しばらくお待ちください」

 ここは、近藤造船本社ビルの受付。
 ていねいに案内してくれたのは、この会社の受付嬢である。
 進と重禄斎はしばしこの受付嬢に見とれていたが、レミがげんこつを作っているのを見て、見るのをやめる覚悟をした。
 そうしている間に、係員がやってきた。

「こちらです」

 係員が案内した部屋には、若社長がいた。
 が、近藤天潮騒の姿は見当たらない。

「これはどうも、近藤造船代表取締役の神無月と申します」

「いえいえこちらこそ、私、蔵星重工・蔵星大工場工場長の上総重禄斎です。で、こちらは…」

「蔵星レミです」

「で、こちらが孫の…」

「上総進、16才です」

「で、その…」

「話は会長からお聞き致しております。つい先日プロトタイプが完成したところなんですよ。開発チームも皆さんをお待ちしております。さあ、こちらへ」

 神無月社長は、高青年といった風貌で、実にさわやかである。
 その社長に案内されて、進達はマルチファイター開発チームのいる、開発棟へと足を運んだ。
 開発棟では、開発チームが揃って出迎えてくれた。

「紹介致します。こちらが当社の誇るマルチファイター開発チームです。まずは、紹介から」

「開発主任の松本です」

「マルチファイターの機体設計の本田です」

「推進装置設計の田原です」

「OS開発の渡辺です」

「同じくOS開発の野田です。OSのデータ収集のために、パイロットもやってます」

「この精鋭5人によって開発されたマルチファイターがこちらです」

 神無月社長が指を指した方向にはシートをかぶった機体がある。

「シートは、かぶったままなんですか?」

 進がそう聞くと、開発主任の松本がパチッと指を鳴らした。
 すると、みるみる内にシートがなくなったではないかっ!

「すっ、すごい!」

 思わず進が叫んだ。

「どうやってやったの?魔法?」

 レミが不思議そうに松本を見つめると、松本が説明を始めた。

「これは光学迷彩といってね、そこにありもしないものをビジョンとして映し出したり、周囲の風景と同化して迷彩塗装がわりに使ったりする機能なんだ。いまのところ、当社が誇る最先端の技術という訳になるけど、わかったかな?」

「うーん、ちょっと難しいわ。でも、なんとなくわかったような気がする」

「あの…このマルチファイターの名前はなんて言うんですか?」

 進がそう松本に聞いた。
 松本は、野田に名前を教えてもらって答えた。
 どうやら野田が名付け親らしい。

「えーと、とりあえず野田君の言うには“モーニングスター”というらしいが、実はまだ名前は決まっていないんだ」

「ふーん。でも、モーニングスターでも十分カッコいいじゃないですか」

 そう進は言ったが、松本はあまりこの名前が気に入ってないらしい。

 モーニングスターは、クラスター1と同じ戦闘機タイプのマルチファイター。
 推進装置はホバー式とジェット式を併用しており、水上や陸上の低空飛行、空中静止等に優れた運動性を発揮する。
 ホバー式の推進装置のため、強力な兵器をマウントする位置が限られ、攻撃力に今一つ乏しいのが難点で、今後の改良課題である、と本田と田原は言っていた。

「じゃあ進、わしはちょっと神無月さんと話しをしてくるから、ここでレミちゃんと一緒にいるんじゃぞ」

 モーニングスターをしげしげと眺めている進に、重禄斎はこう言った。

「うん、わかった」

 進がそう答えると、重禄斎は神無月社長と一緒に開発棟を出ていった。

― 4 ―

 重禄斎が神無月社長と話していたのは、マルチファイターに関する、技術面についての相互提携についての話である。

 蔵星重工としては、近藤造船の持つ光学迷彩機能はぜひとも導入したいわけであり、逆に、近藤造船としても、蔵星重工の技術を少しでも分けてもらいたいわけである。
 重禄斎がわざわざ近藤造船に足を運んでいるのも、実はこういう思惑があったからである。

 しかし、こういうことはなかなか決まらないものである。
 まだ、神無月社長の相手が上総重禄斎であったからよかったものの、これが蔵星社長であったら、もっと話題は進まなかったことであろう。
 それでも、とりあえずわずかな部分での技術提携は成立したようだ。

 そうして、2人がほっとした表情でコーヒーをすすっていると、突然ビルの中に非常ベルが鳴り響いた。
 『火事かっ?!』と一瞬重禄斎は思ったが、『火事ではなく、非常事態のようです』と、冷静に神無月社長が答えたので、ほっとしてびっくりしてしまった。

“鈴木重工の大型輸送機1機、空挺戦車を降下させながら当社敷地に接近中!社員は速やかに非難せよ!繰り返す、社員は速やかに非難せよ!”

「鈴木重工だってぇ?!」

「進っ、もしかしたら、この前の…この前の仕返しに来たんじゃない?」

「この前の…とは、一体どういうことですか?」

 渡辺が、そう2人に聞いた。
 進とレミは、クラスター1のテストフライト中にダンディライオン部隊と遭遇して、戦闘を交えてしまったことを話した。
 開発スタッフの人は、こんな連中が来てしまったことに、少々困り顔である。

“空挺戦車、第1エリア突破、第2エリアに侵入します。本社ビル到達まであと5分、あと5分と推測されます”

「主任、オレ、出ます!」

 突然、野田が大声で言った。

「で、出るって、このプロトタイプでか?」

「無理だ。まだ兵装も整っていない。それに、飛び上がったところで空挺戦車の的になるのが。オチだ。やめておけ!」

「その通りだ。だが、燃料入れてあるから、飛ぶことは飛ぶぞ」

 渡辺、本田、田原が次々と野田に忠告をした。

「しかし…このままでは開発棟はおろか、本社ビルまで襲撃されてしまいます! 仮に、ここに来た上総さん達がこの原因だとしても、オレたちにとっては大事なお客様であり、それを守るのが義務であるはずです。オレは、行きます! 行かせて下さい!」

 野田がマジになって大声を張り上げている。
 ちょうど空挺戦車が第3エリアを突破し、本社ビルまであと1分半足らずと放送が入ったところだったので、野田の意見を反映せざるを得ない状況になっていた。
 いま、ここにいる進とレミを守るためにも。

 その時、息をゼエゼエさせながら重禄斎が開発棟に駆け込んできた。

「すっ、進っ! クラスター1が着いたぞ! 早く乗って、空挺戦車をなんとかするんじゃ!」

「クラスター1が着いたって、じいちゃん本当?」

「あたりまえじゃ。何かあったときのために、貨物車にバラして積んできたんじゃ。今、駅から組み立てて運んだところじゃ。さあ、早く!」

「進、行こっ!」

「おうっ!」

「野田、出ます!」

 進とレミが、非常階段から下へ駆け降りて行ったその時、モーニングスターが開発棟の天井を突き破って浮上した。

 続いて、クラスター1も急速発進した。
 そして、2機のマルチファイターは、眼下に広がる無数のシンクタンクの群れと、前方に見える巨大な輸送機を相手に、今まさに攻撃を開始しようとしている!!

6. 2機のマルチファイターの猛攻

― 1 ―

「げげっ!!」

「どうしたのっ?!」

「いや…あのさー、思っていたより空挺戦車が多かったもんだから」

「んもぅ、ビックリさせないでよっ!!」

 ─とても出撃直後の会話とは思えない。
 進とレミの乗るクラスター1と野田さんの乗るモーニングスターの眼下には、まるであふれかえった河川の水のようにひしめき合っているシンクタンクの群れが見えたのだ。
 たった2機のマルチファイターにとって、圧倒的な数の多さのシンクタンクは、まさに驚異だ。

“こちら、野田。クラスター1、応答せよ!”

 モーニングスターからの無線が入った。

「はい、こちら上総」

“これから言う指示にしたがってくれ。まず、ここはオレに任せてくれ。必ず本社ビルは守る。クラスター1は第2エリアのほうを攻撃してくれ。こっちが片付いたら、至急そちらに向かう”

「了解しました!」

 クラスター1は第3エリアを離れ、第2エリアへと向かった。
 第3エリアに残ったモーニングスターは、急降下し、シンクタンク目がけて低空飛行を始めた。

 意外な行動に出た近藤造船のマルチファイターを確認した鈴木重工の大型輸送機のコックピットでは、通信員が対応に追われている。

「お嬢様っ! 近藤造船のマルチファイターが最前線の戦車部隊に突進してきますっ!!」

「主砲で集中砲火よっ!!」

「はいっ!!」

 近藤造船本社ビル目がけて進撃するシンクタンク部隊は、突進してくるモーニングスターに主砲の照準を合わせた。
 そして、一斉に主砲を発射、モーニングスターは爆音とともに炎に包まれた。

「やったわ!!」

 大型輸送機のコックピットでは、モニターを眺める理愛とその周りの操縦士や通信員たちの間で大きな歓声が舞い起こった。  しかし、次の瞬間、皆はそのモニターにかじりつくことになる。

「なにっ、やられていないっ??!」

「ふぅ…、危なかった。もう少しでやられるところだった」

 野田はそのとき、モーニングスターの周りにシールドを展開したのだ。
 短時間しか使えないが効果は絶大だ。

「じゃあ、お返しさせてもらうぜっ!!」

 モーニングスターは、全方向弾を発射した。
 弾丸は周囲のシンクタンクに次々と命中、モーニングスターの周りに大きな爆発が起こった。

 再び、大型輸送機のコックピットでは、大きなどよめきが舞い起こる。

「お嬢様っ!! 最前線の戦車部隊の30%が破壊されました!!」

「破壊されました!! じゃないでしょ!! すぐに反撃よ! 短SAMを使うのよっ!!」

「はいっ、直ちにっ!!」

 後続のシンクタンクは、次々と短距離地対空誘導弾をブッ放した。
 50あまりの数のミサイルがモーニングスターを襲う!

 だが、ミサイルを目前に野田は随分余裕の構えだ。

『これが、クラスター1を襲ったミサイルかっ!! だが、モーニングスターのシールドの前では…あれっ、シールドエネルギーが、ない。げげっ!!』

― 2 ―

 シールドエネルギーは、先程の攻撃を防ぎ切ってなくなっていたのだ。
 そのことに気づいていなかった野田は、うかつにも50あまりのミサイルをすべて食らってしまった!!

「機体制御部60%損壊、外装甲80%損壊、主推進装置出力低下、副推進装置機能不調、操縦部安全装置使用不能!! あー、やっちまった!!」

 野田はわめいた。
 しかし、わめいたところで自業自得だから仕方がない。

「あのバカっ! メーターはしっかり見とけってあんだけ言っただろーがっ!!」

 開発棟の松本がそう叫んだ。

「まったくじゃ。しかし、このまま放っておけば、間違いなく空挺戦車の餌食になる。なんとかしてあそこから脱出せねばな…」

 重禄斎が、真剣な眼差しで窓越しにそう言った。

 その頃、第2エリアに向かったクラスター1は、シンクタンク部隊をほぼ制圧し、第1エリアに向かおうとしていたところだった。  そこへ、重禄斎から無線が入った。

“進っ、進っ!!”

「その声は、じいちゃん?!」

「どうしたの? おじいちゃん!」

“野田さんの機体が大量の砲撃を浴びて大変なんじゃ! 急いで援護に回ってくれ!!”

「わかった、すぐ行く!!」

 無線が切れると、クラスター1は進路を180度逆にして、第3エリアに向かって急速発進した。

「お嬢様、蔵星重工のマルチファイターが進路を変更、第3エリアへ向かってます!」

「わかってるわ。第1エリアのシンクタンクに今すぐミサイルを撃たせて!!」

「了解しました!」

 第1エリアのシンクタンクは、先程モーニングスターを襲ったミサイルの2〜3倍は多い数のミサイルを次々と発射した。

「進っ!! 後ろからミサイルが80、いいえ120発ぐらい飛んでくるわ!!」

「レミ、対ミサイル攻撃はいったい何発のミサイルを落とせるんだ?」

「そうね…、せいぜい30発ってとこかしら」

「そうか、一回くらいじゃ避け切れないって事か…。そうときたら、レミ、しっかりつかまってろよ!!」

「えっ、なに、なにっ??!」

 進は、急にクラスター1のスピードを上げ、第1エリアへ高度を落として突き進んでいった。

「いったい、何をするつもりだ?」

 理愛の乗る大型輸送機の連中も、本社ビルにいる近藤造船の連中も、そのクラスター1の行動を見てそう思ったに違いない。

「進ぅっ!! あぶないよっ! そんな操縦やめてよっ!!!」

「ごめんレミっ! でも、今モーニングスターを効率よく救うためには、こうでもしなくちゃならないんだ…だから、もうちょっと我慢してくれっ!!」

 クラスター1の背後には、更に数の増したミサイルが篠突く雨の如く迫ってきている。
 クラスター1は、第1エリアに突入した。

「よしっ、ここで空挺戦車部隊に突っ込めば…!!」

「ぶつかっちゃうよ〜!!」

 クラスター1の機首がシンクタンクにかすったかと思ったそのとき……

「最大出力だぁっ!!」

「キャアアアッ!!」

 クラスター1は、機首を上に振り上げ、ブースター全開の出力で上へ飛び上がった。
 その瞬間、クラスター1を追尾してきたミサイルのすべてが、第1エリアのシンクタンク部隊に命中、シンクタンクは大きな爆音とともに吹っ飛んだ。
 まるで墜落する飛行機のように突っ込んできて、加速によって持ち上がる機首を利用した、進の何とも荒技な操縦テクニックの勝利である。

「おっお嬢様…、第1エリアのシンクタンク部隊、全滅ですっ!!」

 その、いかにも落胆した通信員の声を聞いた理愛は、泣き崩れて顔を手で覆っていた。

「な…、なんで蔵星のマルチファイターは、シンクタンクをこんなにまでしてくれるの? ……どうして?」

― 3 ―

 第3エリアのシンクタンク部隊は、ミサイルが底をついたため、主戦力を失い、撤収を余儀なくされた。
 降下した大型輸送機に、自ら浮航能力で上昇し、吸い込まれるように回収されていった。

 クラスター1は、急に上昇したので、それこそ失速しそうになったので、パラシュートを展開して降下してきた。

“こちら、野田。クラスター1、応答せよ”

「こちら、上総。野田さんっ、無事ですかっ?!」

“ああ、君たちのおかげで助かったよ”

「おかげで助かったよなんて、一緒に戦ってる仲間ですから、助け合って当然です」

 そう進が言ったとき、クラスター1は地上に無事着陸した。続いて、レミがこう言った。

「あの…野田さん、怪我…ありませんか?」

“ミサイル食らったショックで、2〜3ヵ所かすり傷を負ったけど、あとはたいしたことないよ”

「ホント?!良かったぁ」

“さて進君、あとはあの大型輸送機だけだ”

「そうですね…、頑張らなくちゃなっ!!」

“オレはこのままでは立ち上がることもできない。大型輸送機は君たちに任せる。頼んだよ!”

「はいっ!!」

 進とレミがそう答えると、無線は切れた。

 辺りが安全になったのを見計らって、モーニングスターの周りに松本さん、本田さん、田原さん、渡辺さん、そして神無月社長が駆け寄ってきた。
 そして、コックピットのハッチをあけ、野田さんを救い出した。

 一緒に駆けてきた重禄斎は、クラスター1のパラシュートを除去し、進にこう伝えた。

「進っ!」

「じいちゃん!どうしたんだ?」

「あれを見るんじゃ!」

 重禄斎の指さした方向には、あの大型輸送機があった。しかも、さっきより近づいているように見える。

「あの輸送機はさっきからゆっくりこちらに向かってるんじゃ。最終攻撃かもしれん。今すぐに飛び上がって、迎え撃つんじゃ!」

「でもおじいちゃん、もう燃料がカラッポなのよ。さっき、進が『最大出力だぁっ!!』なんてやるもんだから、燃料全部使っちゃったのよ」

 レミは、進をなじるように言った。

「しょうがないだろ、あのときはこうするしかなかったんだから」

 進は、言い訳っぽく言った。

「仕方ないのぅ。わしが今、燃料を取ってくるから、ここでしばらく待っとれ」

「すまねぇな、じいちゃん」

 そうして、重禄斎は近藤造船本社ビルのほうへ駆けていった。

「ねえ進、」

「ん?」

「何だか、上がうるさくない?」

「そうだな…、なんとなく」と言って、進は上を見上げた。

「げげっ!!」

「どうしたの?!」

「大型輸送機が、もう来ちゃったみたい」

「来ちゃったみたいって、ええっ!!」

 クラスター1の上空にあの大型輸送機は浮かんでいた。
 そして、その大型輸送機から2人の人がパラシュートで降りてきたのである。

7. 全容解明、そして…

― 1 ―

 バフッ!

 パラシュートが地面に着いて、2人が着陸したことを物語っている。

 進とレミは、目の前にいる2人をただ呆然と眺めていた。
 そして、重禄斎やモーニングスターの周りに集まっていた松本さんや神無月社長たちが、「何事が起こったか」といった表情で、騒々しくしていた。

 2人は体つきや戦闘服の色からして、軍服色の体格のいいほうが男性で、その隣の朱色の戦闘服を着ているのが女性だと容易に見受けられた。
 朱色の女性は、取るものが手につかない状態で、パラシュートひとつはずすにも軍服の男性に手伝ってもらっていた。  軍服の男性は、落ち着いた様子で、手つきも手慣れている。
 この筋のプロか、それとも彼女の保護者を思わせるしぐさだ。

 進とレミはまだ呆然としたままだったが、2人はゆっくりと歩いてこっちへ向かってきた。
 まだ朱色の女性は足もとがおぼつかない様子で、軍服の男性に支えられて歩いているような状態だ。

 そうして、進たちと至近距離まで来たとき、急に朱色の女性はヘッドギアを脱ぎ捨て、進に向かってツカツカと歩き迫ってきた。

「あなたたちが…、あなたたちが蔵星重工のパイロットね!?」

 手をさし伸ばしたかと思うと、襟元をぎゅっとつかんだ。

「なっな…なにをっ!!」

「お兄ちゃんを、私のシンクタンクをあんなにまでしてくれたのは、あなた達なんでしょう!!」

 あまりに急な出来事に、進は「イッ」とした表情をしながらも、手をふりほどくのにまごまごしていた。  そして、その行動に驚いた軍服の男性と、重禄斎が駆け寄ってきた。

「こらっ、出会ったハナからなんてことするんじゃっ!!」

「そうですともお嬢様、早くその手をお離し下さいっ!」

「イヤよ!! マルチファイターのパイロットと知った以上、許せない…許せないわっ!!」

 理愛はますます襟元をつかむその手を離そうとしなかった。

 重禄斎は慌てふためき、必死に進の襟元から理愛の手をふりほどこうとするし、軍服の男性は理愛を後ろへ引っ張ろうと懸命だ。

 そんな状況の中、レミは、急にはっとして、何かをぎゅっとひねり出すような表情をして、2人の間に入ってこう叫んだ。

「いいかげんにしてよっ!! 何が何だかわからないじゃない!! みんな落ち着いて、冷静にしてっ!! このままじゃ私、どうしていいのかわからないのよっ!!!」

 レミが言い切ったその瞬間、理愛は急にその手を放してその場にうずくまって泣き出した。
 進は急に手を放されて、ずっこけてしまった。
 レミも力尽きて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

― 2 ―

 ここは、シンクタンクによって被害を被った近藤造船本社ビルの応接室。
 立派な作りで物静かな応接室も、今日は蔵星・鈴木・近藤の重工3社が入り乱れ、狭い室内がいっそう混雑している。

 まあまあみなさん落ち着いて…といわんばかりに、秘書からとりあえず茶が振る舞われ、部下が対応に追われる中、一応全員が着席した。
 全員とは、蔵星重工より工場長の上総重禄斎、社長令嬢の蔵星レミ、パイロットの上総進、鈴木重工より社長令嬢の鈴木理愛、その付き人、近藤造船より神無月社長、マルチファイター開発チームの面々(松本・本田・田原・渡辺・野田)の計10名のことだ。

 レミと理愛はさっきの一件で、すっかり疲れている様子なので、横になって休んでもらっている。
 進は重禄斎のとなりで固まって座っている。
 重禄斎は、茶を何度もおかわりしている。
 神無月社長もマルチファイター開発チームの面々も、もうすっかり通常営業に戻っていて、キリッと締まった表情で席に着いている。
 鈴木重工の男もまた、何か悩みごとでも抱えているような表情を浮かべつつも、必死に社会人を勤めようと懸命だ。
 ただ、それぞれに言えることは、いつ話を切り出そうかといらいらしていることである。

「あの…、なんて呼べばいいのかな」

 意外にも、最初に話しをはじめたのは進であった。
 その視線の先には朱色の戦闘服を着たまま横になっている少女の姿があった

「あ、ああ、お嬢様のことですか。名前は理愛でございます」

 鈴木重工の男はぎこちなく言う。

「理愛ちゃん、何で突然僕の襟をつかんだんでしょう?」

「はい…、彼女は鈴木重工の社長の御令嬢でして、上にお兄さんがいらっしゃるんですよ。お兄さんは学生のかたわら、鈴木重工でテストパイロットをしていまして、ダンディライオン重戦車のガンナーだったのです」

「も…もしかすると、あの日オレが全滅させちまった戦車の中にその…」

「はい…。そのお兄さんが乗っていらっしゃったんです」

 鈴木重工の男は、思わず目頭を押さえた。

「でも、命だけは無事でした。しかし、いまだ意識不明のまま、あの日以来お嬢様はお兄さんと一言も口をきいていないんです…」

 その言葉を聞いて、進は頭の中があのときの様子を思い出してしまってもうパニック状態だった。
 それでも、鈴木重工の男の話は続く…。

「鈴木重工はあの日以来、ダンディライオン戦車部隊を全滅させた謎の戦闘機の究明に躍起になっていました。そして、現場に残っていた爆発片などからそれが蔵星重工のものであるらしいということを突き止め、社長に報告したその日、私たちは動いたのです。私はここに来るまでの間、蔵星重工に張り込み、あなた方がこちらへ来るのをずっと見張っていました。蔵星重工から鈍行が出たのを確認すると、私はそれをお嬢様に伝え、先程のシンクタンクとともに大型輸送機でこちらを急襲したというわけです。もちろん、すべてはお嬢様の指揮のもとということになっていますが…」

 …と鈴木重工の男は、今までの概要をみんなに打ち明けた。
 すると、今度は重禄斎が口を開く。

「なるほど…、そちらの内情はわかった。が、こちらもこちらの内情というものがある。時に、その社長の息子さんは自分から志願なさってガンナーをしておったのかの?」

「いえ…、社長の勧めで、いえ、半ば強制でまるで徴兵制のようにガンナーをやらされていました。それがなにか…」

「うむ。隣にいる進には悪いが、こいつも社長令嬢のレミももともとやりたくてダンディライオン部隊を全滅させたわけじゃないんじゃ。ワシが、レミへのプレゼントとしてマルチファイターをあたえ、2人をパイロットにしたんじゃ。これは社長の命令でな、今は寝てるから良いが、こんなことレミが知ったらなんぼ悲しむかのぉ…」

 重禄斎もまた、目頭を熱くさせて話を続ける。

「つまりじゃ、今どこの会社もそうじゃと思うが、何も知らない無垢な子供たちをマルチファイターに乗せ、テストパイロットとして使っとるんじゃ。それがなぜだか、あんたにゃわかるまい」

「はい…」

「進にはショックかもしれんが、マルチファイターに乗ってるもんはみな適合者なんじゃ。マルチファイターの心臓部、NEVの発動には進たちに秘められた力が不可欠なんじゃよ。まあ、ダンディライオンにも同じもんが載っかってるかどうかはワシにはわからんがの、社長の息子さんもおそらくマルチファイターのパイロットに選ばれたに違いない」

「なるほど…」

 神無月社長がうなづく。
 そのしぐさに、マルチファイター開発チームの面々はびくついていた。

「そうだったんですか…、いや、私もそこまでは社の戦略を理解していませんでした」

 鈴木重工の男も納得がいったような表情を見せた。

「しかし…、この状況をどう見る? このまま各社であちこちで戦闘を繰り返しておれば、ダンディライオンパイロットほどの犠牲ではすまなくなるであろう? それに、このノイエ・ジパングの未来を考えても、このような状況が長続きすることは望まないはずじゃ。ワシもこんなくだらない戦いでかわいい孫たちを失うのは嫌じゃからのぅ」

「一刻も早く、ノイエ・ジパング政府にマルチファイターを差し出し、実用化してもらうことが、この事態の収拾にもっとも的確な方法で、我々ができることだと私はそう思います」

 神無月社長が、きっぱりそういい切った。

「全くその通りです。私も早く本社へ戻り、事態収拾に乗り出そうと思います」

 鈴木重工の男があらたまってそう言った。

「よくぞ言ってくれた。ワシもこのクラスター1を早急に完成させようと思う」

 そして、重禄斎がそう言って話に決着がついた。
 重禄斎は、ずーっとパニック状態の進のほうを向き、こう小声で言った。

「進、もう大丈夫じゃ。これ以上の犠牲も戦闘も、何とか回避出来そうじゃぞ。我々が頑張って、この事態を収拾に向かわせる。ワシに任せておけ。もうお前を戦闘のためのフライトには出させんよ」

「本当か? じいちゃん?!」

 目を覚ましたように、進むがつぶやく。
 重禄斎は何も言わずに、首を縦に振って見せた。

― 3 ―

 その日ももう、日が暮れてしまった。

 近藤造船本社ビルの応接室では、みんなソファーに寝そべり、毛布にくるまって仮眠をとっていた。

 そろそろ帰社しなければということで、鈴木重工の男が目覚めたときには、既に7時近くなっていた。
 鈴木重工の男は理愛を起こし、室内にいる起きている人に挨拶をして、ビルを出ていった。

 ビルから大型輸送機が停泊しているところまでは歩いて幾らかあるようで、まだ眠い目をこすっている理愛を抱き抱えながらも、横目で昼間の有様を見ては今日の事態の収拾と重工間のマルチファイター開発戦争の早期終結の重みを感じ、深く心を傷めていた。

 そうして、ビルと大型輸送機の間が中程になったころ、前から大型輸送機の通信兵が駆け寄ってくるのを、その男は目撃した。

 通信兵は男のところまで来ると、息荒げにこう伝えた。

「ほんしっ…本社が宣戦布告ですっ!!」

「な…なんだとっ!! もっと詳しく内容を…」

「わかっております! 本日午後6時30分ちょうど、蔵星重工に対して鈴木重工はマルチファイター開発妨害のため、全会一致で宣戦布告することを決定しました。これは、マルチファイター開発戦争を早期に解決するためのやむを得ない措置であり、ノイエ・ジパングの恒久の平和を維持するために必要な戦争であるとしての決定であると、各営業所および行政機関に通達したとの模様。各営業所からは最大限の兵力が翌朝には東京本社に終結する見通しで、蔵星重工との戦闘は明日にでも開始される見込み。これにより、関東全域に疎開命令が下され、交通機関はパンク寸前、リニア線は乗車率200%オーバーを記録していると先程ニュースでの報道がありました。また、蔵星市は総力を上げて市の周辺にバリケードなどを張り市の被害を食い止めるのに懸命になっているほか、既に蔵星重工は防衛ラインを敷いているとの話も出ています。さらには…」

「もうよい! 理愛嬢を頼む。シンクタンクの機動準備をして、格納スペースを確保しておけ。輸送機もスタンバイだ」

「も…もしや…」

「つべこべいうな! 私はこれから近藤造船に戻ってこの事を伝える。以上、すぐに行え!!」

「了解しました!!」

 鈴木重工の男は、その場に理愛をおろすと、すぐに駆け出し近藤造船本社ビルに戻った。

 近藤造船本社内も、既にこの緊急事態にごったがえしていた。
 応接室では、全員が既に支度を整え、今にも出撃するような緊迫した空気が漂っていた。

 鈴木重工の男は、神無月社長とマルチファイター開発チームに近藤造船のモーニングスターを大型輸送機の格納庫に入れるように勧め、格納庫内でメンテナンスをし、蔵星重工とともに戦うことを勧めた。
 蔵星重工に対しても、クラスター1の給弾・給油に協力し、出来る限りともに戦うことを通告した。
 重禄斎はそれを了解し、急いで準備にまわった。

 全員が鈴木重工の男の指示のもと、大型輸送機に内に乗り込んだのは既に9時を回ってからだった。
 クラスター1は給弾・給油を受け、単独で蔵星市の本社に向かうことにした。

 大型輸送機発進を前にし、クラスター1に乗り込んだ進とレミに重禄斎はこう言ったという。

「すまんな、またお前たちを戦闘のためのフライトにつきあわせてしまって…」

 大型輸送機は、そのあと何も言わずに、近藤造船の本社敷地から飛び立った。
 遅れて、その後を追うようにクラスター1も飛び立っていった。

8. 終結

― 1 ―

 それは、蔵星市の周囲を取り囲むバリケードが何者かによって破壊されたことから始まった。

 蔵星市内に緊張の空気が漂った。
 けたたましいサイレンとともに、バリケードの周囲に待機していた陸上自衛隊蔵星駐屯地の部隊がバリケードを破壊した何者かと戦闘を始めた。

 相手は、鈴木重工製90式戦車。蔵星駐屯地に配備されているものと同型の戦車だ。
 台数も10台に満たないごく少数。
 バリケードを突破したがそこまでだろうと思い、陸上自衛隊側の動きもそれに合わせたものとなった。

 が、戦闘の結果は意外なものだった。
 確かに台数的にも戦力的にも陸上自衛隊のほうがはるかに上回っているはずなのに、その戦闘で残存台数は0。
 完敗を喫してしまったのである。

 焦った陸上自衛隊は待機中の全機を起動させて抵抗したが、すでに勝利の女神は相手の手中にあった。
 わずか数分に満たない戦闘で、蔵星市の防衛ラインはあっけなく破られてしまったのである。

 彼ら90式戦車は、鈴木重工社内の一部に発生した過激グループの一団であった。
 かねてから蔵星重工に対してなんらかの恨みを持っていた連中が、自社の製品を駆って社の命令より先に攻撃に出てしまったのである。

 この戦闘はすぐさま鈴木重工に感知され、それを取り押さえるためにヘリコプターなどを蔵星市に派遣したが、それがかえって事態を混乱させた。
 戦闘開始は翌朝だという発表に合わせて制圧の準備を進めていた蔵星重工側が、これを攻撃とみなしてヘリコプターなどを撃破してしまったのである。

 蔵星市を巻き込み、蔵星重工と鈴木重工の戦闘は、深夜、開始された…。

― 2 ―

 蔵星市に向かっていた鈴木重工の大型輸送機とクラスター1は、この事実を知って驚きを隠し切れない状況だった。
 そして、一刻も早い平和的解決の意思を、彼らは胸に抱いたのであった。

“進っ!進っ!聞こえるか?”

 重禄斎の声が、進のヘッドギアに鳴り響いた。

「聞こえてるよじいちゃん!」

“作戦が変わった。これからクラスター1は、モーニングスターとともに東京に向かってもらいたいんじゃ”

「えっ、どうして?」

 レミは首をかしげた。

“今の状態では蔵星市に入って戦闘に加勢するよりも、はやく東京の鈴木重工本社に行って、話合いで解決したほうが手っ取り早いからじゃよ。それに…”

「それに?」

 2人が口をそろえて言った。

“理愛ちゃんが行きたがってるんじゃよ”

「理愛ちゃんが? どうして…」

“あー、レミにはまだ詳しく言ってなかったな。理愛ちゃんは鈴木重工の社長の娘さんなんじゃ”

「じゃあ、私と同じって事?」

“そうじゃ。レミならわかるな…理愛ちゃんの気持ち”

「俺にはわかんねーよ!」

 進は不機嫌そうにつっぱねて言った。

“すまんすまん。つまりじゃ、理愛ちゃんは自分のお父さんにお父さんが間違っていることを伝えたいんじゃ。戦うことじゃ何も解決できないとな。わかったか?”

「うん…、わかった」

 進の返事は、何となくワンテンポ遅れていた。

“理愛ちゃんにはモーニングスターに乗ってもらう。モーニングスターは鈴木重工の兵装を施してもらってなんとか戦闘に耐えられるようにはなっとるが、まだまだ油断はできん。しっかりと護衛してくれ”

「了解!!」

 2人は気合いの入った返事をした。無線はそこで切れた。

― 3 ―

 大型輸送機は蔵星市に、クラスター1とモーニングスターは東京に向かった。進路が二手に分かれた。

 大型輸送機はそのまま蔵星市に入り、空挺作戦で鈴木重工を撃退しようという構えだ。

 一方、クラスター1とモーニングスターは、鈴木重工の対空攻撃に耐えながら全速力で東京に向かっていた。

 そうして、眼下に広大な都市が見えてきたとき、クラスター1に突然通信が入った。

“レミ…レミ!聞こえるかっ?!”

「誰だ?」

 進は疑い深く言った。すると、レミはこう答えた。

「お父さん…お父さんねっ?!」

「えっ、お父さん??」

 進の驚きは顔面に現れた。

“そうだ…。君達に一つ頼みがある。聞いてほしい”

「なあに、お父さん?」

“ああ…、私はこれから秘書の竹崎と一緒に鈴木のところに向かうところなんだ”

“鈴木って、私のお父さんのこと?!”

 モーニングスターの理愛が通信に割り込んできた。

“そうだ。…そういう君は鈴木の娘さんだね。どこかで声を聞いたことがあるよ。おっと、話を元に戻そう。私は鈴木のところに行って、この戦いを即時停止させるように訴えようとしているのだが、今ビルの周りは鈴木の戦車とかそういうのでいっぱいなんだ。今私は屋上にいる。そのどちらかに相乗りさせてはもらえんだろうか?”

 レミの父は、本当に大変なことになっているのかわからないほど、落ち着いて現状を伝えてきた。

「ごめん! クラスター1は2人乗るのが限界なんだ」

“こちらも無理です。理愛さんを乗せるのが精一杯ですよ”

 進と野田が困ったふうに答えた。

“そうか…。では、屋上からヘリを出そう。その護衛をしてもらえないかな?”

「それなら…なんとかできるけど…」

 進は、モーニングスターの護衛をしているのを考えてか、少々戸惑いながら答えた。

“そうか、それは助かる! では、こちらのほうまで来てはもらえないだろうか。近くまで来たら浮上するから”

「あっ、はい、わかりました…」

“進君?こちらなら心配はいらない。それより、しっかりレミちゃんのパパさんを守ってあげるんだぞっ!”

 野田のおちょくった言葉に、ちょっと進はドキッとした。操縦桿を握る手に汗がにじみ出る。

「ちょっと、進っ?! しっかりしてよ!」

 レミが進の背中をたたいた。
 進はビクッとして冷静になった。それでもなお、胸の振動はおさまりきらない。

 そうして、クラスター1とモーニングスターは低空飛行を始めた。
 そして、蔵星重工東京ビルにさしかかると、屋上から飛び出してきたヘリコプターをクラスター1とモーニングスターの間に挟むようにして護衛した。
 その時、地上からの攻撃や、周囲からの航空機の攻撃に危うくダメージを負うところだったが、NEVのおかげで助かった。

 3機は、鈴木重工に向かって、慎重に進み始めた。

― 4 ―

 ここは、鈴木重工本社ビル。

 4つのビルを連絡路で連結させたその建築物は、東京都内でもかなり有名な建物である。
 いつもなら、それをみたさに観光客が訪れているものだが、疎開命令で都内には一般人は1人もいない。
 替わりに、戦車、装甲車、自走砲、ロケットランチャーなど鈴木重工製の陸上兵器が周囲を囲み、他を寄せ付けない異様な雰囲気が漂っている。

 クラスター1とモーニングスター、そして蔵星社長の乗るヘリコプターがここに着陸するには、まずこれらの壁をすべて破壊しなくてはならなかった。

“こりゃあ、ひとつひとつ倒してたらキリがないな”

 野田がぼやいた。

“レミ! 攻撃システムのパターンをプログラムするんだ。そうすれば一度の攻撃ですべてを破壊することができる”

「おじさん、それホント?!」

 進は喜んで答えた。
 けれど、後ろのレミは戸惑い気味だ。

「でも…、私プログラムなんて出来ないよ」

“そうか…、では秘書に頼もう。それまで、奴等の攻撃に耐えていてくれ”

「わかりました。すぐお願いします」

 進と野田は、極微量のエネルギーでバリアーを展開した。

 秘書の竹崎は必死にプログラムを組み始めた。
 彼は、もとゲーム・プログラマーだったそうで、こういう条件に応じたプログラムを作成することは、どうやら得意分野らしい。

“社長! 完成しました!”

“よしっ! じゃあレミ、そっちのシステムに攻撃パターンを転送する。準備はいいかい?”

「うん!」

 クラスター1の攻撃システムにパターンが転送されてくる。
 前もって発射状態でセーフティーをかけておいたので、すぐに発射可能となった。

「じゃあ、撃つよ!」

 進が操縦桿の発射ボタンを押した。
 すると、またたく間に無数の光線が曲線を描いてクラスター1から飛び出し、戦車、装甲車、自走砲、ロケットランチャーと鈴木重工製の陸上兵器に次々と命中していった。
 ビルの周りに爆発が起き、レーダーから敵の存在はなくなった。

“す…すごいわ!”

 理愛は思い掛けないその攻撃の様に、口をポカンと開けて驚いた。

“ふぅ…、苦労した甲斐がありましたよ”

 竹崎は大きなため息を漏らした。

「すごいじゃないですか、竹崎さん!」

 進は、喜びと驚きで胸がいっぱいだ。

“それじゃ、邪魔な物も片付いたところで、ビルに突入することにしましょう!”

 野田がそう言うと、3機はビルの入口の前に着陸し、6人はビルに駆け込んでいった。

― 5 ―

 鈴木重工本社ビルに突入した6人は、早く社長室へ…!と、はやる気持ちでいっぱいだったが、行き先を示す案内板の前で突然立ち往生をしてしまった。
 なにしろ、このビルは何階あるのかわからないほどの高層ビルが4本も連なって構成されているのだから。
 社長室のそのひとつを見つけるために、6人は案内板にかじりついてしまったのだった。

 すると、背後に人の気配を感じたので6人はフッと後ろを振り返った。
 するとそこには、このビルの警備員が数名立っていた。

「蔵星重工の者か?」

 蔵星社長がその問いに答えた。

「そうです。それが何か? 出来れば、社長室までご案内して…いただけそうもないですね…」

 警備員はたいそうがっちりした体付きで、蔵星社長はそれに圧倒されたらしい。

「こちらだ。ついてこい」

 警備員は、ぶっきらぼうにそう言った。

「へ?」

 6人はポカーンとしてしまった。

「はやく来い。社長が会いたがっている」

「は…はあ」

 なんだか拍子抜けになってしまった6人だったが、その警備員の言う通りについていくことにした。

 そうして、第3ビルにある社長室に着いた。
 社長室では、鈴木前衛社長と、その秘書が待ち構えていた。

「蔵星、派手にやらかしてくれたな」

 前衛は煙草を吹かしながら、でかい態度でそう言った。

「鈴木、派手にやらかしてくれたのはお前のほうだ。何が面白くてこんなことをした?」

 蔵星社長は、前衛のそのふんずりかえった態度に、やや憤りを感じていた。

「面白いだと? 馬鹿を言え。こっちはお役人の顔を見る度むしゃくしゃしてたまらないんだ…お前のせいでな」

「わっ…私のせいだと?」

「そうだ。お前んとこが開発しているマルチファイターが我が社の者と戦闘を交えただろ? あのおかげで、我が社のダンディライオンが政府に認められないのは確実となったんだ。そのうえ、我が輩のかわいい子供たちを戦いの犠牲にまでしてくれたんだ。すべてお前が悪いんだよ!」

 前衛は煙草を灰皿に押しつけ、ふんずりかえった。
 蔵星社長は弱気になって、うつむいてしまった。
 すると、社長の影になっていた進が、前に出てきて突然叫んだ。

「なにでたらめ言ってるんだよ!」

「なんだお前は?」

「俺は上総進、蔵星重工のマルチファイター・クラスター1のパイロットだ。お前の子供たちが蔵星重工のせいで不幸になったとかなんとか言ってるようだが、可哀相なのは自分だと言ってるようなもんじゃないか!」

「そうだとも、それがどうしたというんだ?」

 その瞬間、進の堪忍袋の緒は切れた。

「馬鹿ヤローっ!! 可哀相なのは俺たちのほうなんだ!! 大人の勝手でマルチファイターなんかに乗せられて、戦争にまで出されたんだ。俺も、レミも、お前の理愛も、その兄さんもなっ!!」

 進は泣き叫んでいた。
 今まで我慢してきたことが、洪水のように流れ出た。
 顔で大きく息をして、その素顔は苦しみそのものだ。

 しかし、そんな彼の叫びにも前衛は動じなかった。
 それどころか、いっそう大きな態度をとってこんなことを言い出してきた。

「フンっ! どうせ唆されたんだろう? その勝手な大人たちに。子供は甘いんだよ。飴を与えればすぐに乗せられてしまうのさ。それに気づかないお前たちのほうが、よっぽど馬鹿なんだよ!!」

 その言葉を聞いて、進は黙っていられなかったが、進の行動よりも先に、悲痛な叫びが前衛のところに届いた。

「もうあなたなんかお父さんじゃないっ!!」

 理愛は、渾身の力を込めてそう叫んだ。
 理愛の脳裏には、今までの前衛や柴人との楽しかった思い出が走馬灯のように蘇っていた。
 しかし、そんな思い出が今目の前にいる前衛によってかき消されていくような気がして、苦しくもがいていた。
 理愛の頭には、前衛という虫が駆けずり回っているのだ。

 そうして、理愛はクラッときたかと思うと、その場にバタリと倒れ込んでしまった。

「り…理愛ちゃん!しっかり!しっかりしてよ!!」

 レミが手を揺さぶり、頬を叩いたりしたが、理愛は目を開こうとしなかった。

「大丈夫」

「野田…さん?」

 涙を浮かべているレミに、ゆっくりうなずきながら野田は言った。

「脈…あるよ。気を失ってるだけだよ。ね?」

 彼らと同じ境遇にある野田もまた、涙を浮かべていた。

 理愛の言葉がグサリと胸に刺さった前衛は、身体の震えが止まらなくなっていた。
 父親としてのそれに立ち戻ろうとしている心に、前衛は恐怖を覚えたのである。

― 6 ―

 その時、社長室のドアが急に開いた。

 そして、周りをSPに固められたあるひとりの男が、部屋の中に入ってきたのである。
 そして、その男は前衛のほうを向いて怒鳴り散らした。

「鈴木重工!! いい加減にしろっ!! マルチファイターの開発で他社と火花を散らすのは構わんが、このノイエ・ジパングの都市を、自然を破壊してもよいとは誰も言ってはおらん!! あの宣戦布告も、政府としては容認しておらんかったのじゃぞ!! 鈴木重工の破壊活動は見過ごすわけにはいかん。鈴木前衛、すぐに警察まで出頭するようにっ!!」

 その男は、ノイエ・ジパング首相の浜村であった。
 浜村首相は興奮のあまり、首相らしくない言葉で怒鳴ってしまったことに、少々赤くなっている。

 前衛は、首相の目の前で手を合わせて命乞い始めた。
 身体の震えは理愛のと合わさっていっそう強く小刻みになっていた。

 その時である。首相の後ろの方で首相の怒鳴り声を聞いていた6人のうち、進とレミが首相と前衛の間に入ってこう言い始めたのである。

「浜村首相! 鈴木社長だけ責めるのは間違ってると思いませんか?!」

「何だと…?」

 首相は進とレミのほうを向いて変な顔をした。

「そうよ。そもそもマルチファター計画を打ち出したのはあなた達じゃない?」

 レミの言葉に首相はギクッとした。

「マルチファイターが原因となってこれまでのことが始まったんですから、鈴木社長が責任をとるのではなく、ノイエ・ジパング政府が責任を取るべきだと、俺は思いますよ」

 進は、前衛のほうをちらっと見ながら首相に強くそう言った。首相は、肩をがくりと落として、こう部屋じゅうに聞こえるように言った。

「ウォッホン、ノイエ・ジパング政府は、鈴木重工・蔵星重工・近藤造船で開発されているマルチファイターをすべてマルチファイターとして認め、自衛隊に配備することをここに決定する! また、今後のマルチファイター計画については見直し案をつくり、今回の一連の出来事の責任を取って、浜村内閣は本日をもって総辞職する!! 以上だ!!」

 そう言うと、浜村元首相はSPとともに社長室を出ていった。

 こうして、ここに重工戦記は幕を閉じたのである。

9. エピローグ

― 1 ―

「うわあぁぁぁーっ!! ちっちっちっ、遅刻するうぅぅぅ!!」

 進が、猛スピードで家からダッシュして来た。
 そして、いつもの踏切の所まで来たところで、意地悪にも遮断機が下り始めてしまった。

“列車が来ます、列車が来ます…”

 そうして、目の前を通り過ぎていったのは貨物列車だった。
 蔵星重工のコンテナがたくさん載っている…きっとレミんちの貨物に違いない、と進は思っただろう。
 肩をガックリ落とし、進は覚悟を決めた。

『今日も遅刻だ…』


「おはよ、進っ!」

「おはよじゃねーよ。どうしてくれるんだよぉ、お前んとこの貨物列車のせいで俺今日もまた遅刻だぜ!」

「私にあたらないでよ!…でも、私も一緒よ!」

 レミはなんだか嬉しそうだ。
 これから職員室に行っていろいろ先生の説教を聞かなきゃならないというのに…。

 遮断機が上がった。
 今日の貨物列車は思ったより、両数が少なかった。それに、車掌車もなかった。

 そして、2人は一斉に学校に向かって駆け出した。

― 2 ―

 教室では、担任のイカリングがいつもよりかしこまった顔をして朝のホームルームを始めている。

「はい、今日の連絡ですが、その前に、今日から皆さんと一緒に勉強することになった転入生を紹介します」

 その時、ドタドタドタと廊下を走ってくる音が聞こえたかと思うと、教室の後ろのドアが強く開いて、進とレミが滑り込んできた。

「ひゃーっ、ちょっと間に合わなかったか!」

 進とレミは、苦しそうに肩で大きく息を吸っている。

「ちょっとじゃない! もうホームルームは始まっているんだぞ! …まあいい、今日はいろいろと話さなきゃならん事があるから、すぐに席に着きなさい」

「はっ、はい!」

 進とレミは、イカリングがいつもと違うことにすぐに気がついた。
 なんとなく緊張しているような気がしたようだ。2人はすぐに席に着いた。

「コホン、では転入生を紹介します。鈴木理愛さんです」

 イカリングがそう言うと、理愛は前のドアから教室に入ってきた。

「りっ、理愛ちゃん?!」

 進はあんまりびっくりしたので、思わず席から立ち上がってしまった。

「なんだ、進の友達か?…それなら、すぐにクラスに馴染めそうだな」

 そうして、理愛は自己紹介をして空いてる席に座った。
 先生が言った通り、理愛はすぐにクラスの雰囲気に馴染んだようだ。

― 3 ―

「ところで、理愛ちゃんはどうしてここへ来たの?」

 レミが、理愛にそう聞いた。
 しかし、理愛の様子はなんとなく気まずそうだった。

「ごっごめん!」

 とっさにレミは謝った。
 でも、理愛は横に首を振って笑顔を見せた。そして、そっと話しを始めた。

「お兄ちゃんがね、けがの療養には東京よりも落ち着いた所のほうがいいって病院に言われたから、お父さんと相談してここに引っ越すように決めたの」

「えっ、でもここ…うちの工場があって結構うるさいよ」

「ううん。ここに来るように言ったの、私のわがままだから。でも、お兄ちゃんも蔵星市なら言いよって言ってくれたの」

「あ、そうなんだ。ところで、お父さんは?」

「当分の間は、ここで落ち着いてから会社に戻るって。会社は代理に任せてあるから大丈夫だって言ってたわ」

「そうなの。じゃあ、当分の間は友達ねっ?」

「うん!」

 理愛は幸せそうに返事をした。
 そして、2人はいろいろと話しをした。そうして…

「ところで…今日、放課後暇かな?」

「えっ? 大丈夫だけど…」

「じゃあ、うちの工場に来ない? 進も来るし、おじいちゃんもいるよ!」

「うん、行く!」

「じゃ、放課後玄関前で待ち合わせねっ!」

 そう言った後すぐに、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。

― 4 ―

 放課後、レミと理愛は玄関前にシティ・コミューターを停めて進を待っていた。

「ごめんっ! ちょっとイカリングと話しがあってさ」

「いいよ、早く乗って!」

 進はレミのコミューターに乗った。
 レミは新車に替えたらしく、前より乗り心地が良くなっている。

 理愛は、当然鈴木重工のコミューターで、どちらかというと学生向きではない高級車のようだ。

「うっひゃーっ! ベルウッドだぜ! どこの娘こだろうなー!!」

 車の外から、他のクラスの男子生徒が理愛の車を物珍しそうに見ている。
 ベルウッドとは鈴木重工の自動車ブランド名で、蔵星重工が根を張っている蔵星市でベルウッドのコミューターが走っていることは、実は珍しいことなのだ。

「じゃ、理愛ちゃんついてきて!」

「うん!」

 さっきの男子生徒は相当理愛の車が気に入ったらしく、走り出した車を追っかけてきたりもしたが、すぐに引き離した。

 市内には、あの日の混乱はもう見当たらなかった。
 鈴木重工の戦車もなければ、空に戦闘機が飛んでいるということもない。
 街には人があふれているし、活気もある。
 疎開命令が出されたときの、あの蔵星重工とは対照的なくらい見違えて見えた。

「ここよ、うちの工場は」

 蔵星重工蔵星大工場に入ると、レミは、理愛に通信を使って工場の中を説明してまわった。

「広いんだね!」

 理愛は思わずよそ見運転をしてしまうほどの広さの工場に圧倒されていた。

「で…ここが私の家。ここから工場へは歩いて行かなくちゃいけないから、ここに車置いて!」

 理愛は、コミューターから降りると思わず背伸びをした。
 工場は以外と緑に囲まれていて、静かだ。
 空気も東京に比べればきれいなほうだろう。
 見上げると、そこにある青空が、いっそう理愛の心を爽快にさせていた。

 レミはあちらこちらと建物を指さしては、その建物の説明を始めた。
 レミはいつでもそうだが、説明が好きである。

「こっちが、おじいちゃんのいる工場のオフィス」

「なあレミ、ちょっと寄っていこうぜ!」

「うん、そうね。じゃあ理愛ちゃん行こう!」

「うん!」

 オフィスに入ると、重禄斎は工場長の机の上に足をのっけて茶をすすりながら新聞を熱心に読んでいた。

「あの…、おじいちゃん、暇?」

 レミがそおっと重禄斎に声をかけた。

「んあっ? なんじゃ、レミちゃんじゃないか! ああ、ちょうど仕事がひと段落ついて暇になってたところじゃわい」

「じいちゃん! あのさ、理愛ちゃんがこっちに転校してきたんだ!」

「なにっ?! 理愛ちゃんが?」

 重禄斎は、新聞をたたんで湯飲みを置いた。

「こんにちは、お爺様」

 理愛は、礼儀正しくお辞儀をした。

「おっお爺様じゃなんて、じいちゃんでかまわんよ。それより、3人ともこの記事を見てほしいんじゃ」

「えっ、なに?」

 進とレミと理愛は、重禄斎が指さした所の記事に視線を注いだ。

 そこには、東京〜大阪間を片道50分で結ぶという、ジオ・プレーンのトンネル着工の話題が載っていた。
 ジオ・プレーンとはいわゆる地中飛行機のことで、地下に巨大なトンネルを建設し、そこに飛行機を飛ばそうという、新しい交通のひとつである。

「ジオ・プレーンの製造は佐倉エアロ社が、トンネル建設は竹熊製作所がそれぞれ独占して事業を展開しておるようなんじゃ。もし、この事業に成功したなら、この2社は我が社よりも、鈴木重工よりも上位に立つ企業になることじゃろう」

「ってことはどういうことなんだよ、じいちゃん!」

 進は、重禄斎の話しに集中して聞き入っている。

「つまりじゃ、このまま放っておけば、重工5大企業のバランスが危ういってことじゃ。…なにか、またよからぬことが起こるかもしれんな…」

 そう言うと、重禄斎は湯飲みにあまった茶を一気に飲み干した。

 進とレミと理愛はこの話しを聞いて、ちょっと不安になった。
 3人にとっては、重工5大企業のバランスが悪くなることよりも、自分達がまた戦争に巻き込まれるんじゃないかということが心配でならなかった。

 重工戦記は、再び幕を開けた……。